B A R  T R I B E C A   PRESENTS

 
ワインにまつわる

コ ラ ム 

~  DAMN GOOD WINE !~

店主が、HPを訪れて頂いたお客様に向けて、ワインへの情熱と魅力をお伝えできるように、時に面白く、時に真面目な、ワインにまつわるコラムを綴ってみました。


アップは不定期ですが、より一層興味を持ってご来店頂ければ幸いです。


第39回




夢のカリフォルニア  後  篇 


~  CALIFORNICATION 〜




・・・結果から言えば、

 
                                          我々は負けました。




前回、先述した通り、「覆面審査員」ですから、その日にお見えになったお客様が果たして、本当に“そう”だったか確証はありません。ただ、身内を褒めるのは価値が落ちるようですが、飲食業従事者の「人を見る目」は、かなり確かです。
そんな彼らの複数名が、初めからこれは何となく…と思い、実際にワインを頼んで飲む頃には、誰からともなく「間違いない」という確信に変わっていった、というスタッフの直感を信じます。


…ところで、何故、こんな風に他人事のような、伝聞情報風に書いているか、というと、その場にいなかったからです。
いや、正確にはいました。いましたけれど、ほんの最後だけでした。


それまで、プロモーション期間中は、ほとんど毎日、昼に夜にと出勤していたのですが、その日はたまたま、遅番だけで…。
待機場にいると、内線電話がかかって「それらしい二人組のお客様が来ている」と。急いでホールに出ると、スタッフの一人が目配せをしてきました。その視線の先は、ちょうど食事を終えてお立ちになるお客様でした。担当したらしい女性スタッフが、玄関でお見送りをしています。


「 終わったんだ… 」
寂寥感に似た何とも言えない気持ちで、そのお客様の背中を見つめていました。
やがて、お客様が店を出て、角を曲がり見えなくなると、その女性スタッフはこちらに駆け寄り「すいません、私で…」と、謝ってきました。確かに、彼女は早番で、“ワインに強い人”ではありませんでした。だけど、頑張り屋さんで、慣れないワイン用語を必死に覚えたり、「神の雫」を読んだりしていたのを知っていました。だから、伝える言葉は一つだけです。

「ご苦労様。よくやった」



その後、それらしいお客様は一組もみえず、プロモーション期間は終了。
ほどなくして「残念ながら…」という知らせが来て、ソムリエと二人、店長に呼ばれ、「結果は残念だけど、今回はよくやったよ」と、労をねぎらってくれました。「ちょっと調べてみたんだけど、こんなにグラスワインが売れた月はなかったようだ。最高記録だよ」と続きます。グラスワインがよく出ているのはわかっていましたが、まさか、そんなことになっているとは思っていませんでした。「スタッフみんなが頑張った結果です」と答えました。何だか“らしくない”綺麗事の模範解答のようですが、これは偽らざる本音でした。


率直に申し上げて、結果よりも残念だったのは、自分がその覆面審査員を担当できなかったことでした。

喩えが適切かどうかわかりませんが、今回のオリンピックで選考に選ばれ、特訓に特訓を重ね、来日までして、最後の最後で検査に引っ掛かり、出場できなかった選手ってこんな気持ちなんじゃないか?と、拝察いたします。栄光を掴むどころか、舞台に上がることすらできなかった悔しさは、筆舌に尽くし難いものがありますから。



この企画に初めから終わりまで深く関わっていた我々二人は、結局「舞台に立ってなかった」と思っていました。しかしそれは間違いでした。

「結果よりプロセスが大事」なんて、手垢が付き過ぎた言葉ですが、「コンテストに勝つ」という結果を求めるプロセスにおいて、実は当初の目的とは違う形ですが、我々は別の成果をあげていたのです。

それは「一体感」でした。


同店はフランス料理店という側面だけでなく、朝食もあれば、終日テラスでの喫茶営業もありますし、ルームサービスまで対応する、ホテルのメインダイニングでした。
そして、スタッフは朝食が中心の早番と、ディナーが中心の遅番に大別され、その二派が交錯するのは、ランチタイムだけです。
今だから言えるのですが、この二派はモンタギュー家とキャピュレット家のようにいがみ合っていたり、現代アメリカのように「分断」していたわけではないのですが、正直、どこかしっくりいかないものがありました。


それは、多分、お互いのメインの時間帯の仕事における、優先順位が違っていたからでしょう。
朝食のサーヴィスにおいて求められるのは、一も二もなくスピードです。
常に効率の良いオペレーションを心掛けていますし、その精度は高く、一朝一夕で身に着くものではありません。
一方、ディナーは、時間的制約はほとんどない代わりに、サーヴィスそのものの、質と内容に力点が当てられます。そのためには、知識と技術と経験が必要になり、入ったその日から誰でもできるというわけではありません。


傍目から見れば同じような仕事をしていると思われるかもしれませんが、この二派は明確に違うグループなのです。
例えれば、門外漢にとっては、インドネシア語とマレー語が同じように聞こえるかもしれませんが、実態はまったく違った言語で、全然通じないのと同じことです。
ですから、大袈裟にいえば、お互いの、文化が違う人間同士が一つの仕事をしている構図なのです。


これは、うまくいけば「シルクロード」に成り得りますが、悪くすると「文明の衝突」が起こってしまいます。
余談ですが、同じレスリングでも、新日出身と全日出身ではスタイルが違い、ボディスラム一つとっても、ショルダースルーの受け身でも、似ているようで違うので、なかなか試合を組み立てるのが難しいと聞きます。


今回の件で、直接、面と向かって文句を言われたことはないのですが、早番の人から見ると、遅番の料理やワインの説明は長過ぎる、と思われている節が感じられました。ランチタイムですから、ホテルといえども、それなりにスピーディーに応対しなければいけないのに、ディナーと同じリズムで仕事をしている、と思っていたようです。彼らは知らなかったのです。これでもディナータイムと比べては、相当端折っていることを。
遅番の人間も口には出しませんが、早番のサーヴィスは「ただ出しているだけ」で、遅番を長口舌と呼ぶのならば、早番は説明不足ではないか?と。
ホテルですから、ランチタイムといえども、一つ一つのテーブルに、もっときめ細やかなサーヴィスを心掛けるべきではないか、と密かに考えていました。
実際に朝食にヘルプに入るまで知りませんでしたが、彼らが常連のお客様の“茹で卵の固さはどれくらい”か、“トーストの焼き具合はどうか”など、実に細々したことまで把握した上で、スピードを追及していることを。



そんな両派が、その時初めて「コンテストに勝つ」という、共通の目的のために「一緒に」努力したのでした。
早番のみんなは、自分が実際に学ぶことによって、それまでは、どちらかというと冷めた目で見ていた遅番の料理やワインの説明に、どれだけの勉強と知識に裏打ちされていたのかを知り、初めてリスペクトの感情を持ったようでした。

遅番の人間も、普段は放っておけば、自分の担当テーブルばかりにかかずらっている傾向にあります。
しかし、今回は、誰が審査員かわからないので、ホール全体を広い視野で見る必要がありました。
それは、それこそ早番の得意中の得意の分野で、随分助けられましたし、その動きに改めて刮目させられました。


このようにして、お互いがお互いを補い、啓蒙し合うことによって、店に一体感が生まれ、それがダイナミズムに繋がり、積極的なセールスも相まって、「最高記録」を樹立したのだと思います。だって遅番だけがいくら努力したって、絶対に到達しない数字に至ったのですから。これは「スタッフみんなが頑張った成果」以外の何物でもないでしょう。





「それで来年はどうするの?」


話が一段落して、しばし雑談に興じた後、店長が発した言葉に、ソムリエの目が光りました。そして、おもむろにこちらに目をやります。

やれやれ。
また同じことをするのは大変だな。スタッフも多少は変わっているだろうし、一から勉強して、ワインを選んで、料理と合わせて、講習会開いて、ネタ帳作って…と考えるだけで面倒で、億劫じゃないか、と思いながら…、
つい 「やりますか」 と答えてしまいました。






・・・結論から言えば、


                                                 翌年、


我々は勝ちました。




2021.10.18 

第38回




夢のカリフォルニア   中  編 


~  CALIFOMANIA  ~





「カリフォルニアワイン・バイザ・グラス・プロモーション」とは、カリフォルニアワイン協会が主催する、飲食店を対象とした、一種のコンテストで、覆面審査委員が、実際に参加店舗に一般客として来訪し、グラスワインの勧め方や、サーブの仕方を採点して、優秀店を選びます。
優秀店には、副賞として“カリフォルニアのワイナリー巡り”へのご招待がついていました。
もちろん、ワインは、全てカリフォルニア産の物を使用します。



「覆面」審査員というからには、プロレスラーのようにマスクを被って登場…、というわけではなく、いつ誰が来るのかは全然わからない、ということです。
プロモーション期間は、確か一ヶ月だったと思います。我々が参戦したのは、もう随分前ですが、今でも毎年開催しているようです。



まずはワインの選定から始めます。

確か、赤坂プリンスホテルの大きな広間で、試飲会が催されたと思います。
どれくらいの種類のワインが候補になっていたのか、記憶が定かではないのですが、いずれにせよ、すごい数でした。とにかく普通に飲んでいたら、酔ってしまいますし、味もわからなくなってしまうので、口に含んで味わいをみたら、吐き出します。もちろん、床に「ペッ」と吐き出すわけでなく、専用の容器があります。ただ、根っからの貧乏性なのか、「美味しい」とつい「ゴックン」しちゃって、後半はちょっと査定が甘くなってしまいました。



そこへいくと、ソムリエは、一日の長があってか、華麗にテンポ良く、テイスティングを続けていきます。終わった後に、打ち合わせも兼ねて、“ちゃんと”飲みに行ったのですが、こっちはもうヘロヘロなのに、ソムリエは元気一杯でした。
プロモーション期間中に、各店舗が使用するワインの種類数に、指定はなかったと思いますが、我々は10本を選びました。
どちらかといえば、口に含んで、すぐにパッとわかる、目鼻立ちのハッキリとした、インパクトのある味わいを重視したラインナップになりました。



さて、ワインは決まりました。次は、料理との相性をみます。

非番の日に、女性スタッフと、お客さんとして自分たちの店に行き、ソムリエのサーブのもと、実際にメニューに載っている、オードブルからメインまでの、すべての料理とワインを試してみます。
さすがにコレは自腹です。従業員特典として、かなりディスカウントしてもらいましたが、それでも、二人で5万円でした。
一度にかなりの数のワイングラスと料理が並ぶので、比較的暇な曜日に、一番奥まった席で、通常では六人が使用するスペースのテーブルを借りて、喧々諤々あれやこれやと、メモを取りながら、あっちを食べたり、それに合わせてこっちを飲んだりと、やたら忙しかった記憶があります。相当量の食物とアルコールを摂取したので、やはり、後半はヘロヘロになりました。



ただ、その甲斐は十分ありました。

事前に、このワインの味わいにはこの料理が合うだろうと予想した組み合わせが、案外スイングしなかったり、逆に、意外な取り合わせが、抜群の相性をみせたり、ということが実感としてわかったのは、大いに収穫でした。
こればっかりは実際に体験しないとわからないですね。
営業でもやはり「実感の伴った言葉」というのは説得力が違うな、と自分でも思いました。調査の内容はすべてソムリエに伝え、更に対策会議を重ねました。
というのは、我々の目の前には、当初から一つ大きな問題点が立ちはだかっていたからです。



それは取りも直さず、審査員が「覆面」であるということです。

つまり「ワインに強い人」だけでプレゼンテーションの精度を高めても、その人間を審査員にピンポイントで接客に当てることができないのです。ウチの店の場合、ディナータイムは、それぞれ実績も経験もある者しか接客につかないので、誰がついても、それなりに戦えます。ただ、危ないのはランチタイムでした。この時間帯はお客様の絶対数が多いので、接客につくスタッフも多く、みんながみんな「ワインに強い人」とは限らないからです。


と、なれば、スタッフ全員の底上げが急務です。

まず「ワインにそれほど強くない人」「はっきりと弱い人」に向けて、ソムリエに講師になってもらい、講習会を開き、ベーシックなワインの知識と、10本それぞれの特性を概論で学んでもらいます。おそらく、それだけだと右から左に流れて行ってしまうだけでしょうから、記憶の定着と、更なる興味を持ってもらうために、サイドストーリーを中心とした「ネタ帳」のようなプリントを配布しました。



名付けて「CALIFOMANIA」



このネーミングでピンときた人は、おそらくプロレスファンだと思います。熱狂的なハルク・ホーガンのファンを意味する「HARUKAMANIA」に倣って付けられた「熱狂的なカリフォルニアワイン好き」の意味を込めた勝手な造語です。ちなみに、当コラムの 第2回・第19回 の原稿は、当時のプリントを元にしています。



今から思えば、スタッフは、みんな本当に協力的でした。

研修を終えて配属になったばかりで、まだ“それどころではない”レベルの新入社員もいましたし、「朝食・昼食」のみの早番のスタッフは、“そこまで”ワインに興味があったわけではありませんでした。もちろん、抜栓は難なくできますし、簡単な説明なら問題ありません。
ただ、コンテストに勝つためには、それでは不十分です。ですから、勤務外に時間を割いてもらい、みんなで「お勉強」と相成ったわけです。時給は発生しないことですし、余計な仕事を持ち込んでくれるな、と思われるかと危惧していましたが、それは杞憂でした。
みんな高い意識で、熱心にこの企画に取り組んでくれました。



そして、その成果は如実に現れました。

店長に頼んで、プロモーション前からワインをすべて切り替えてもらって、実際の営業をしてみると、学習効果か、明らかにスタッフから自信が窺えて、とにかく、昼からワインがよく売れました。これが1ヶ月前と同じ人物か、と思う程の上達振りに、目を見張りました。



しかしながら、これは勝負事でもあります。

当時は若かったのでしょうか、勝たなければ意味はないと思っていました。
「2位じゃ駄目なんですか」というより「2位なんか16位と一緒だ」と、本気に思っていたぐらいでした。そうすると、確かに彼らの進捗は目覚ましいものがありましたが、ざっと見ていて、「コンテストに勝つ」という観点に立つと、所詮は付け焼き刃であり、まだまだ物足りないというのが、正直なところでした。
勝つためには、申し訳ないけど、やっぱり「ワインに強い人」しかいないディナーに来てほしかったし、ランチタイムだとしても、「ワインに強い人」に当たってほしい、というのが本音でした。
そして、願わくば、自分が担当したいと思っていました。



そんな様々な想いが胸の内に去来するなか、幕は上がりました。いよいよプロモーション期間の始まりです。

序盤はとにかく落ち着かず、もう誰も彼もが「覆面審査員」に思えて、それだけで気疲れしてしまい、「気合が入り過ぎだ」と、店長にちょっと注意されました。それで少しクールダウンして、結局いつものように「お客様を楽しませる」ことに意識が集中するようになりました。それでも、やっぱり気になってしまいますし、とにかく、心中穏やかでない日々が続きました。



ソムリエや他のスタッフからも「これは」というお客様は見えていないようだと、意見の一致を見たところで、日程の半分が終了。「早く来ないかな」と思っていながら、「来るのが怖い」という思いが別によぎったり…、アンビバレントな感情が交差するある日、唐突に覆面審査員がやって来ました。



ランチタイムでした。






・・・次回に続く。

2021.10.6

第37回





夢のカリフォルニア   前 編


〜  California  Dreamin′ ~



こういうことは自分で言うことでなく、他人から言われて然るべきでしょうが、前々回の当コラム(第35回参照)でご紹介した、通称「グルメ会」の頃が、自分の飲食業人生の中で、最もワインやフランス料理に対する知識やサービスの技量がぐんぐん伸びた時期でもあったと自負しております。
それまでもずっと飲食業に従事してまいりましたが、正直、当時は、技術も経験も知識も学生アルバイトの延長の域は出ず、“やる気”と“ホスピタリティ”と“反射神経”だけで仕事をしていた感があります。アルバイトならそれでいいのでしょうが、本職となると、いささか心許ない、といったところです。
特に、知識の無さは致命的で、「シャブリ」が商品名なのか産地名なのかブドウ品種名なのか、ブルゴーニュとボルドーの違いくらいは知っていましたが、その程度でした。それで一端を気取っていたわけですから、若いって素晴らしいですね(笑)

前述の「グルメ会」もそうですが、この仕事を生業とするのならば、そろそろ実際に行動を起こすべき時期に差し掛かっていると思いました。

まずは働いていたフランス料理店で、四季に応じて替わるメニューを受け取ると、図書館に駆け込み、食材を徹底的に調べました。その頃はパソコンがなかったので、それが一番安上がりでした。よく魚図鑑とか食材事典など重くてデカい本を借りていました。それを踏まえて某大型書店の専門書で調理法も押さえてから、試食に臨み、あとはシェフに質問攻めです。
そういえば、歴代三名のシェフに仕えてきましたが、こちらの稚拙な質問に対して誰一人嫌な顔をせずに丁寧に答えてくれました。やはり上に立つ者は違うものです。


料理のメニュー替えに応じて、グラスワインで提供できるハウスワインも全面的に替わるので、今度はソムリエに張り付きます。
すべてのワインの生産地・使用葡萄品種とその割合・作り手などの基礎情報をある程度把握してから、実際に飲むようにしていました。そして、ソムリエの解説を聞きます。ソムリエという人種は、ワインについての話なら、自動的に、それこそ“ 水を得た魚のよう ”に話してくれますので、何も質問する必要はありません。黙っていても、勝手に説明してくれます。ただ、他人のことはまったく言えないのですが、話が長いのがたまに傷ですが…。


とりあえずこれで最低限の準備は整いました。

次は実践です。

お客様の前に立って実際の営業となります。初めこそ手探りですが、一日、二日とやると慣れてきて、調子が乗ってくると、まるで自分がそのメニューを開発したその人であるかのように、自分がその料理に合わせてワインを選んだかのように、得意のトークがさく裂します。
一度、脇で聞いていたシェフに「何かお前がメニューを考えたみたいな体で話しているよな」と、からかわれたことがあるくらいです。


そんな具合に研鑽を重ね、現場で揉まれる日々。大変ですけど、充実感もあり、仕事が楽しくて仕方がありませんでした。たぶん周りにもそういった空気が伝わったのでしょうか、そのうちソムリエの方から仕入の相談をされるようになったり、ワインセラー室の整理や棚卸を手伝ったりしているうちに、ハウスワインの管理を任されるようになりました。


主な仕事は、品質のチェックです。
というのは、ハウスワインが毎日ピッタリなくなることはありませんから、いくつものボトルが開いている方が常です。もちろん、栓をするときは“通称・バキュバン”というのを使って、ボトルの中の空気を抜いて保存するようにしますが、それでも「劣化」が始まるのは否めない事実です。
ですから、ランチ・ディナーそれぞれの営業前に、すべての抜栓してあるワインが、お客様に提供するに足るだけのクオリティかどうかを実際に飲んで、判定するわけです。


同じ“ テイスティング ”でも、味わいを調べるのではなく、状態をみるのが主眼となります。そして、後味や余韻まで確認するので、飲み込まず吐き出す“スピット”ではなく、しっかりと味わいます。役得のようですが、あまり飲み過ぎると、その後の営業に差し障りがあるので、ほんの少量です。まあ、あくまでも自己申告で、時折、つい手が滑って…、なんてことも、なくはなかったです。


ここで留意すべき点は、二日前の抜栓だから駄目、昨日だから大丈夫、と、機械的に振り分けられるわけでもない、ということです。
そのワインが繊細な味わいならば、崩れるのが早いですし、力強いタイプなら、むしろ、角が取れて美味しくなっているケースもあります。当然、そのワインが持っている、生来のポテンシャルを正確に把握していないとジャッジできないですし、残量がどれくらいかも、判断の材料にしなければなりません。残量が少なければ、それだけ“ 進み ”が早いので、半分以下の場合は特に注意が必要となります。そういった様々な要素を、勘案しながら一つ一つのワインにあたっていきます。


大まかな基準として、ポテンシャルが80%以下のものは“切る”ことにしていました。ただ、この判断は非常に難しかったです。大前提として、お客様の満足度を減じるわけにはいきません。さりとて、店の経営の立場にたてば、毎回毎回、新しいボトルを開けるわけにもいかず、そのバランスというか、妥協点を探るのが、ハウスワインの管理の肝心要でした。
記憶の中のソムリエも、毎日ものすごく真剣な表情で味を確かめていました。そのときは「仕事前に酒が飲めていいなぁ」と羨ましかったですけど、とんでもない話でした。


営業が終わると、飲んでばかりのようですが、改めてワインをチェックします。今度はザっとです。翌日のランチまでに永らえそうもない「今夜が山」の物を探すだけです。

営業前に“スタメン落ち”したものと合わせて、“通称・お疲れ”(第15回参照)に廻します。
「自分が飲みたいから、チェックが厳しいんじゃないの?」なんて、ソムリエに軽口を叩かれながらも、ソムリエも飲みたかったのかもしれませんが、判断の行き過ぎを指摘されたことはありませんでした。
毎日、同じワインを飲んでいれば、ほんの少しの違いにも敏感になります。
同じケースで入荷された、同じワインでも、まったく同じ味わいとは限らないことを、そのとき初めて知りました。


そんな具合に、ワイン漬けの日々を送っている頃、ソムリエから新たな指令が。



「カリフォルニアワイン・バイザ・グラス・プロモーション」に、店として参加しないかと打診されたのです。





・・・次回に続く。

2021.9.15

第36回






あの日の千葉真一


~ Battle Without Honor or Humanity 〜




映画「ハイ・フィデリティ」を見て、とにかく死ぬほど笑ったのは、音楽好きが高じてレコード屋の店主になった主人公に、年若い女の子が、お気楽な調子でお薦めの曲を集めたミックス・テープを作ってほしいと頼んできて、主人公は悩みに悩んだ挙句、好きな曲があり過ぎて…、結局完成できないというシーンでした。


他人事ではありません。たまに「一番好きな映画は?」って、ごくごく軽く訊かれることがありますけど…、三日間くらい考えこんじゃいますからね。ただ、“ 邦画 ”という縛りがあったら、答えは簡単です。一番は、東映のヤクザ映画「 仁義なき戦い 」、正確にいうと、五作品ある「 仁義なき戦い 」シリーズです。



時代劇とヤクザ物が強い「男の東映」(昔の東映の劇場には女性は一割もいなかったらしいです)は「仁義なき戦い」以前は、高倉健や鶴田浩二主演の、いわゆる古式ゆかしき「任侠物」を量産し続けていました。それらは「いいヤクザ」が「悪いヤクザ」をやっつけるという「水戸黄門」や「シャープ兄弟をやっつける力道山のプロレス」のような勧善懲悪で、完全にファンタジーです(その源流は歌舞伎にあります)。


物語の展開はほとんど一緒で、悪いヤクザの悪辣な嫌がらせに、いいヤクザは耐えに耐えるが、死人が出たりするまでに至って、とうとう堪忍袋の緒が切れて、段平(ダンビラ)持ってカチコミを掛ける(「健さん! 待ってました!」)、というのが、基本的なフォーマットです。これはこれで結構面白いのですが、問題はこの時期にヒットするからといって、短いスパンで同工異曲の作品を制作しすぎてしまい(高倉健だけで年に10本以上)、さすがに粗製乱造の感は否めず、徐々に数字を落としてしまい、数年で完全に飽きられてしまったことでした。


これはもう観客が新しいスタイルを求めているという時代の要請だと感じ取った東映は、それまでの様式美に則った英雄譚ではなく、実在の人物・抗争事件などをモデルにした「実録物」というジャンルを打ち出してきました。そして先陣を切って選ばれたのが、戦後焼け野原の時代からヤクザになったある組長の獄中で書いた手記を元に、作家の飯干晃一が雑誌連載の小説にまとめ、それを東映の笠原和夫が脚本化し、菅原文太主演、深作欣二監督で映画化されることになった「仁義なき戦い」でした。


それまでの折り目正しきヒロイックであった「いいヤクザ」はまったく存在せず、自分の欲望にひたすら忠実な「全員悪人」で、襲撃に遇ったら子分を盾にしてでも、真っ先に自分の身を守る親分ばかりで、そういう意味では決して格好良くはないのだが、それがかえって生々しいリアリティを生む結果となりました。誰だって銃を向けられれば必死に逃げまくりますし、撃たれれば恥も外聞もなく泣き叫ぶでしょう。もちろん格好いいシーンも台詞もあるのだが、それまでの任侠路線と違って、手触りはあくまでドライです。


社内試写でヒットを確信した社長は続編・シリーズ化を厳命。今の時代ではまったく考えられないことですが、僅か一年半で全五作が製作・公開されるという無茶苦茶なタイムスケジュール。おかげでストーリーは定まっておらず、二作目は外伝(シリーズの主役たる菅原文太の登場シーンが極端に短いし、本編にほとんど絡まない)で、五作目は番外編(四作目までの約束だったので完全に物語はそこで「おしまい」になっている)。役者の数が足りず、同じ役者が何度も別の役で出たり(松方弘樹は三度登場し、三度とも死んでいる)、逆にスケジュールが合わず、一つの役を別の役者が演じたりした事態(初見時は相当こんがらがると思います)を招いているが、社長はあくまでポジティブ・シンキング「大丈夫、お客は気にしない!」(気にします)。


こんな出鱈目な体制で、勢いだけで作ったような同シリーズの出来は?と言えば…、これが、べら棒に面白いです。血沸き肉躍る、走り出したら止まらない、疾走感がある叙情詩に仕上がっています。台詞回しの面白さは脚本の笠原の功績が大で、「広島弁のシェイクスピア」と言われるほど台詞が光っています。さらに演出の深作は手持ちカメラのゲリラ撮影もいとわずブレブレになっていたりするが、それが逆に臨場感を生んでおり、独特の迫力のある絵作りになっています。そして…、役者たちです。


主役級のスターのみならず大部屋のわき役まで尋常ならざるテンションがほとばしっています(深作はあらかじめ大部屋役者たちに、いい演技をしたらアップで抜くから油断するなと言っていたらしく、まあ皆、張り切る、張り切る。本気で殴り掛かっていたらしい。特に良家のお坊ちゃまである北大路欣也は狙われたようです)。そこから出世魚のように台頭してきたのが川谷拓三で、回を重ねるごとに出番と台詞が増えていきました。


ハッキリ言って、五作品とも甲乙つけがたい面白さで順位はつけられないのですが、あえて一本と言われれば、外伝的な二作目・「広島死闘篇」を選びます。北大路欣也扮する戦場で死に損なった復員兵のヤクザ(ヒットマン)の「山中」を主役に据え、ヒロインにはちょっと手が付けられない程に美しい梶芽衣子(悪相の男ばかりのこのシリーズには珍しくラブロマンスがある。このシリーズの女性登場人物で台詞が十個以上ある人はほとんどいない)、個人的に大好きな役者・成田三樹夫が、がっちりと脇を固め、「刑事コロンボ」の声優で知られる小池朝雄がいい味を出しており、ご存じの方は少ないでしょうが、憎々し気な悪役をやらせたら天下一品の名和宏、そして何と言っても、敵役「大友」を演じた千葉真一にとどめを刺します。


並居る強烈なキャラクターだらけの同シリーズの中でも一躍、異彩を放っている存在感。完全にどうかしている、というか、何かが憑りついたとしか思えない千葉真一の演技は「本当にこういう人物なのでは⁉」としか思えない迫真性がありました。言っていること、やっていることは滅茶苦茶で単なる無軌道なチンピラにしか見えないが、絶妙にチャーミングなところが癖になります。


伝え聞いたところによると、もともと真面目な性格で、当時はアイドル的な存在であった千葉真一は自分のイメージとあまりに違う「大友」役を躊躇したそうです(そもそも初めのオファーは「大友」役ではなく、「山中」役であった)。しかし、その後、やると決めたら全身全霊で取り組み、つぶらな瞳を隠すために終始サングラスを掛け、やや甲高い声であるため、喉を潰し、低い声で話し、常にとんでもない早口でまくし立てるような、例のハイテンション演技。その甲斐あってか、千葉真一目当てで見に来た女の子が、どこに千葉真一が出ているのかわからなかったという嘘のような本当の話があります。


自身も戦地にいた脚本家の笠原和夫は同じような境遇である「山中」に相当入れ込んで執筆していますが、相対する「大友」はギリギリ戦争に行っていない世代で、これが監督の深作欣二監督と重なります。当然、どちらかというと「大友」に肩入れする。つまり、作中の対決は、脚本家と監督のせめぎあい、言わば「代理戦争」の形相を呈していて、お互い一歩も譲らぬ「龍虎相打」展開に目が離せません。


ただ、残念ながら、多分、この作品が、今後地上波で放送されることは、未来永劫ないでしょう。よく現在では「不適切な表現でありますが、歴史的価値を鑑み、そのまま放映いたします」などの“ おことわり”が入ることがありますが、この映画の場合は不適切どころじゃない表現のオンパレードで、そのほとんどすべてが、この千葉真一から発せられています。もし、何かの間違いで放送できたとしても、当然、あの有名な台詞はカットせざるを得ないでしょうから難しいところです。


そんなハチャメチャな「大友」ですが、シリーズでも屈指の人気キャラクターで、その「愛されキャラ」振りは国内のみならず(映画「アウトレイジ」で北野武が演じる武闘派ヤクザの名前は「大友」。知らないで使ったとは思えないです)、世界的に有名なのか、韓国ノワール映画「新しき世界」で髪型から服装のセンスから下品なしぐさまで「大友」そのもののような人物が存在します。それだけだったら単なる偶然の一致かもしれませんが、「仁義なき戦い」のまんまのシーンが出てきたので、おそらくこれはモデルにしたなと思いました。「ラッキー・パンチは二度は続かない」(©矢吹丈)ということです。とにかく皆様に観ることをお薦めしたいような…、したくないような…、日本映画史上に残る屈指の強烈なキャラクターであります。



そういえば、かなり昔のことですが、ご本人を一度だけ接客させてもらったことがあります。有名なインタビュアーが、「このクラスの大物で、もっとも気さくな人柄」と今回 語っていましたが、正にその通りで、お連れ様が離席なさっている間、少しだけですけど、お話をさせてもらいました。当時は確か「キル・ビル」の後で、「ウマはねぇ(主演のユマ・サーマンのこと。正確な英語の発音はユマではなくウマである)、全然、殺陣ができないから、教えてあげたんだよ」と言って、ニコリと笑いました。巷間、よく言われるように少年のような素敵な笑顔のあの日の千葉真一は忘れられません。


押忍


2021.9.4

第35回




店 主 の 異 常 な 愛 情 


~ または私は如何にして居酒屋でビールだけを飲むのを止めてワインを愛するようになったか ~



もう一年以上、外の店に飲みに行くどころか、食事もしていませんし、テイクアウトもデリバリーも利用したことがありません。お客様の前に立つ以上、細心の注意を払うのは当然として、もし、万が一、罹患して後遺症として“ 味覚障害 ”が残ってしまったら、この仕事はできないからです。入店前に( 退店時にも )手指のアルコール消毒をして入ったスーパーで買った食材を、自分で調理したものだけを食べる、ということを、もう1000食以上続けていることになります。「もう慣れた」と思う反面、気の合った仲間同士で連れ立って飲みに行きたいなぁ、とは思います、やっぱり。


多分その日は「本当に久し振りだよね」とか何とか言いながらビールを注ぎ合い(ここはやはり瓶ビールで始めたいですね)、乾杯して、「みんな飲むのならボトルで頼むけど」と声を掛けて、ワインリストを拡げ、「( 選ぶ時間が )長えよ」という茶々は無視して、つまみと合わせたワインを考える。そんな風にして、宴は始まるんじゃないかな?と、夢想したりなんかします。


前回のコラムでも少し触れましたが、昔はビールしか飲みませんでしたから、そんなときでも延々とビールを飲んでいたことでしょう。それはそれで美味しいし、楽しいし、気楽なのですが、やはりそれではちょっと物足りない。この冷菜にはキリッとした白、濃厚な味わいにはコクのある白、ソースに合わせるなら重めの赤で、なんて考えながらワインを選ぶのもまた一興ではないでしょうか。相性が良ければ最高ですし、そうでなかったら…、まあそんな日もあるということで。


事程左様に何処へ行ってもワインを飲むようになったわけですが、そのきっかけは十数年前にさかのぼります。当時、あるホテルのメインダイニングのフレンチレストランで働いていました。それまでも一応、飲食店で働いていましたが、ソムリエが三人もいるようなその店で働くには、ワインも、フランス料理の知識も、経験がまだまだ圧倒的に不足していることを、しっかり自覚していました。これではいけないと、やはりフレンチには明るくなかった同僚と連れ立って、毎月一回、勉強のためフレンチを食べに行くことにしました。名付けて「グルメ会」(それにしても安易なネーミングですね)。



~グルメ会のルール~


① 襟付きシャツとジャケットを着て、お洒落をして街に繰り出すべし。

② 事前に別のバーに立ち寄り、食前酒はそこで済ませておくべし。

③ 身元は明かさぬよう食事中は一切、飲食業に関する話をしてはならない。


① 食事は一日も欠かすことのできない“ 日常 ”ではあるが、「レストランで食事をする」ということは、“ 非日常 ”であり、ある種の“ 祝祭 ”と考えます。さすればいつもと同じ格好(4月から9月まではずっとTシャツと短パンです)ではいけません。「馬子にも衣裳」ではありませんが、まずは格好から入って、立ち居振る舞いにも気をつけることから始めました。


② ディナーの前の食前酒は、できればダイニングとは別の場所、デザートもやはり別の場所で、というのが一応フォーマルなスタイルだが、一軒のレストランでそこまで網羅しているのは、いわゆるグランメゾンだけになってしまいます。それでは懐が持ちません。ですから、予め別のバーに立ち寄ってからレストランに行きました。更に言えば、事前に店の場所を確認して、予約の時間ピッタリに入場するための時間調整をする(あまり早すぎても遅すぎても店には迷惑です)というプラクティカルな要因もありました。


③ 単純に身バレしないためです。基本的にレストランでは、同業者が来た場合は、美味しい料理は提供しても、美味しい“ 話のネタ ”は、なるべく隠そうと、最小限のことしか言わなくなる傾向にあります。悲しいけれど“ 同業他社の利 ”になることはわざわざしないというのは、商売の鉄則です。


そんな具合にして始めた「グルメ会」。しかしながら、我々は、二軒目にして軌道修正の必要に迫られました。というのは、食事中に飲食業従事者であることを「匂わせ」たつもりはまったくないのに、両店舗から「 同業の方ですか?」と尋ねられてしまったからです。これは、今になってみれば笑い話。逆の立場になってみればわかります。食い入るようにメニューとワインリストを見つめている男性2人(そもそもそれだけで相当怪しい)、バレないはずがありません。そこで新たにルールを追加。


④ 女性をゲストに招く。


これは効果絶大でした。以降、内実はどうだったかわかりませんが、少なくとも面と向かって尋ねられることはなくなりました。ゲストの女性は、一緒に働いているスタッフに声を掛けました。ただし、初めから本人にも断っていたのですが、必ず勘定は割り勘にしました。これは我々がケチだったからでなく、奢りだと往々にして「ありがとうございました~、美味しかったで~す、うふっ♥」あたりで終わってしまって、彼女の中に何も残らないからです。同じスタッフとして、みんなで一緒に高めていきたい、という思いもありましたから、せっかくの機会を最大限に活用すべき、と考えたからです。実際、身銭を切るとなると真剣度と吸収度が違いました。※繰り返しになりますが、我々がケチだったわけではありません。


思えば、フレンチと一言で言っても、オーソドックスでクラシカルな店、その後ミシュランの星を取った店、新進気鋭の三ヶ月先まで予約が一杯の店でたまたまキャンセルが出て取れた店、シェフが前衛的すぎる店、高層ビルの最上階にある夜景が絶景な店、路地裏で夫婦が二人でやっているような小さな店等々…、毎回ゲストを招いて( フレンチ界の“ m‐flo ”を自称しておりました)、多種多様なお店に足を運びました。参加希望が多くなってきた時は、女の子 三人まとめて連れて行ったこともありましたし、我々の店のシェフが来たこともありました。


ちょっと話はズレるようですが、この「シェフが来たとき」の会は傑作で、あれだけ事前に身元がバレないように気を付けて、と言っているのに、「このソースの隠し味、わかるか? 俺、わかっちゃった!」と、デカい声で話すものだから、あの時は完全にバレていたと思います。それで、その店のソムリエも変に火がついちゃったみたいで、リストを無視して私物ワイン( なかなかのラインナップでした )を並べてきました。ちなみに、後で隠し味の答え合わせをさせてもらったら、見事合ってました。さすがです、シェフ!


さて、ホストである(イケメンの方のホストではない)我々には大事な仕事がありました。それは、ワインの選択です。毎回必ず料理に合わせて、白ワインと赤ワインを頼むことにしていましたが、年齢・性別・役職に関わらず、全員等分に安くないお金を払ってもらっているわけですから、責任重大です。単体で美味しくて当たり前。飲む順番も適切に、料理との相性(マリアージュ)も考えなければいけないわけですから、簡単ではありませんでした。先の大勢で行ったときは、ボトル1本に対して、グラス1杯ずつしか取れないので、白3・赤2と選んだりして、正直、食事どころではなかったです。


そのようなケーススタディの積み重ねで、随分鍛えられましたし、自ずと“ 普段飲み ”のスタンスも変わってきました。そもそも、ワインは、それこそ星の数ほどあり、ヴィンテージ( 葡萄の収穫年 )までこだわったら、一生掛けても飲み切れないだけのワインが存在します。山田風太郎の「 あと千回の晩飯 」ではありませんが、限りある命、限りある飲む機会、一つも無駄にはできません。そうなると、どうしたって、何時でも何処でもワインを頼むようになります。そして、その都度、ワインの産地や葡萄品種や、作り手から特性を推察したり、つまみとの相性を考えて、という気にもなります。


これは、フレンチやイタリアンやワインバーのみならず、居酒屋でもファミレスに行ったときでも、一緒です。逆に、この手の店で出しているのはどういうタイプで、どれくらいの価格帯で提供しているのか探る、市場調査の面もあります。そういえば、何年か前のボジョレー・ヌーヴォーは解禁日午前0時に「デニーズ」にいたので、そこで飲みました。そんな具合ですから、ここ十年くらいに知り合った友人からは「ビールばかり飲んでいる人」ではなく、「ワインばかり飲んでいる人」だと思われているようです。




でもまさか「 好き 」が高じて、ワインバーを開くことになるとは…

人生わからないものですね。




2021.8.18 HBD!

第34回




あゝビール 

            

             ~ Season  in  the  Sun ~



ワインバーの店主がこんなことを言うのも何ですけど、やっぱり夏はビールが美味いですね。
職業柄、ワインを飲むことが多いのですが、この時期だけは、どうしても、ビールが飲みたくなります。昔から「酔い醒めの水、値は千両と決まりけり」と申しますが、夏の日のビールは正に“ 千両レベル ”の美味さで、高級シャンパーニュだろうが、白ワインだろうが、ちょっと太刀打ち出来ない、鮮烈な衝撃があります(4社からは何も貰っていません)。


人生で一番美味いビールを飲んだのも、やはり夏でした。
その夏は、友人に「誰も定着しないから、ちょっとだけ手伝ってくれ」と言われて、建設現場の塗装の仕事を手伝っていました。人が定着しない理由は初日でわかりました。とにかく暑いのです。仕事の上では、雨が降ったら作業ができないので、カンカン照りの方が良いのですが、上下のツナギのようなものを着ているので、何もしていなくても、それだけで汗まみれです。そこに仕事といえば、吹き付けなど技術を要するものはやらせてもらえないですから、必然的に塗料が入った缶(30kgもある!)を運ぶなど肉体的に“ヘヴィー”なことばかりです。それも足場があれば良い方で、ビルが隣接している場合は、30kgの塗料缶を抱えて、文字通り壁づたいに、よじ登るのです(スパイダーマン、もしくは泥棒をイメージしていただけると大体そんな感じです)。しかも途中で「フラッ」となってしまったら「ハイ、それまでよ」なので、命綱を付けますから、文字通り命懸けです。道理で誰も定着しないわけだ、と思っても、もう遅い。もちろん、何度も休憩をしたり、水分を補給したりするのですが、滝のような汗が流れては、乾いて、また激しく発汗して、を繰り返し…、肌着の黒Tは、きれいに塩で白い模様がついています。夕焼けチャイムが福音のように聞こえると仕事はそこで終わり。また明日です。


取っ払いで給料を貰うと、そのまま一番最初に目についたコンビニエンス・ストアに駆け込み、ビールを500mlで2缶買いました。育ちが良い( ?)ので、あまり路上で飲み食いはしないタチなのですが、その時ばかりは居ても立っても居られずに、その場で「プシュ」・「グビグビ」でした。
思わず声を出てしまいましたね。
よくビールは1杯目が美味いと申しますが、その言葉は正しくて、2杯目のビールまで1杯目と遜色劣らず美味かったことはそれまで一度もなかったのですが、その時は「心臓が止まる」んじゃないか、というくらい美味しかったですね、その2杯目も。
傍らにいた下戸の友人が笑いながら「本当にみんな美味そうにビール飲むよね」と言って、ちょっと寂しそうにコーラを飲んでいたのが印象的でした。


その後に、フルマラソンを走った後とか、命を削るほどサウナに入った後など、「どんなに美味いビールが飲めるだろう?」と、ワクワクしながら「プシュ」・「グビグビ」をするのですが、いまだかつて、あの時の“ 境地 ”に達したことはありません。たぶん“ 仕事を終えて ”という解放感が、大きく作用しているのではないかなと思っています。


最近では、すっかり量は飲めなくなってしまいましたが( 自己最高は5.4l飲んだことがあります。酔いました )、昔は春夏秋冬、ビールばっかり飲んでいました。飲み会に行くと必ず一人くらいいる、ずーっと、ひたすらビールだけを飲み続けている人、だいたいそんな感じでした。お店に入って、そこで何を飲むか考えるのが面倒でしたからね。日本酒にはいい思い出がないですし(というか本人は憶えていない。周りの人が大変だったみたいです…)、ウイスキーはちょっと敷居が高かったし(ハイボールは当時はまったく市民権を得ていなかった)、トム・クルーズが「カクテル」という映画に出た影響で、格好つけて、カクテルを頼む友人は多かったのですが、アメリカの友人に「カクテルを米国のバーで頼むのは、女の子だけ」と聞かされて(本当ですかね?)食指が伸びなくなってしまい、サワーや焼酎は美味しいと思ったことがなく(今は飲みます)、ワインなんて「お呼びでない」でした。


だから、デートでもビールでしたし、居酒屋でした。ガールフレンドと、二日と開けずに通っていた居酒屋があって、そこでは大体いつもビールを10杯ずつ空けていていました。よほど上客だったのか、誕生日には一番デカい“ 刺身の舟盛り ”のサービスがありました。チェーンの居酒屋で、大将がそこまでやってくれるという事は、如何に我々がその店に通って、ビールを飲み続けていたか、ということでしょう。そのうち大将はいなくなり、何となく縁遠くなり、やがてその居酒屋自体がなくなり、そのガールフレンドは……、あっ、この話はよしましょう(小三治風に)。


そういえば、これだけビールを飲んでいて、不思議なことに銘柄にはこだわりがありません。スタンダートでも日本の4社のクオリティは高いし、プレミアム系は、なお旨し。第三のビールだろうが、発泡酒だろうが、生だろうが、瓶だろうが、缶だろうが、何でも飲みますね。ワインには一々うるさいくせに(注文するときに、ワインリストを見ている時間が長い、といつも連れに怒られます)、ビールにはまったくこだわりがないのが、自分でも面白い。強いて言えば、よく冷えていればそれでいい、という感じでしょうか。



ああっ、そろそろビールが飲みたくなってきましたので失礼します。





2021.8.6

第33回




EYES  WIDE   OPEN 

  ~  2021年 キューブリックの旅  ~




古今東西で世界一の映画監督は誰でしょうか?


映画の父と言われる グリフィス でしょうか?  喜劇王の チャップリン でしょうか?  世界最高の映画と呼び声高い「市民ケーン」を監督した オーソン・ウェルズ はどうでしょうか? オスカーを最多受賞している ジョン・フォード こそという人もいるでしょう。日本人としては“ 世界の黒澤 ”は捨てがたいですし、ロシア人なら、いの一番に タルコフスキー を挙げるでしょう。世界的人気という意味では、ヒッチコック は絶大なものがありますし、単純に生涯興行収入が最も高いのは スピルバーグ です。いずれにせよ、議論は尽きませんが、当コラムでは、独断と偏見で スタンリー・キューブリック を推したいと思います( ウディ・アレン もそう言っている)。


というのは、最近、必要があって、キューブリックの全作品を見返したところ、そのあまりのクオリティの高さに、圧倒されてしまったからです。よく「 映画は監督のものである 」と言われますが(ちなみに舞台は 役者 のもの、TVドラマは 脚本家 のものと言われています)、実はそうとも限りません。アカデミー賞・作品賞でオスカー像を受け取るのは、プロデューサー( 要するにお金を集めてくる人 )ですし、そのプロデューサーや会社が気に入らなければ、制作の途中であっても、あっさり監督が交代させられる昨今の状況を見るにつけ、映画は必ずしも監督のものとは言えないようです。

しかし、キューブリックの場合は、おおよそ、その対極にいると思えばわかりやすいでしょう。むしろ、これくらい正反対の存在も珍しい、というくらい、映画製作においては、全権を掌握する絶対権力者として君臨していました。


彼のモットーはシンプルでした。「やるならば、全力でやる。やらないのなら、何もやらない」。単に当たり前の事を言っているようですが、その“ 全力 ”が尋常ではないのです。一例を挙げれば、まず、「題材選び」から大変です。下調べだけで2~3年を費やし、その後に本格的なリサーチが始まり、ようやく企画が動き出します。理由は様々ですが、そこまでやって結局映画化しなかった例も一つや二つではありません。彼が寡作だった(13作品)理由も、ここら辺にもあります。そして、何とか撮影に漕ぎ着けても、他の誰も気にしない細部の細部までこだわり抜くので、もっと大変です。しかも、それは撮影中のみならず、映画が完成されてからも続きます。プリントしたフィルムを5本に1本の割合で色調などを実際に観て、細かくチェック( 単純に米国だけでも500本くらい確認する…)。宣伝用のポスターも、何と映画のすべてのコマを一つ一つ見て「この一枚」を決めますし、宣伝方法も各国それぞれに細く指示を出します。更にソフト化の際には…。道理でキャリアの割に作品数が少ないわけです。むしろ13作品もよくできたと言うべきかもしれません。


当然、役者やスタッフにも、その“全力”を要求します。台詞を覚えていない役者は、その場でクビ(丹波哲郎だったらランチタイム前にクビですね)。自分の求める「 絵 」を創るために気の遠くなる作業を延々と繰り返し、気難しく怒りっぽくて、細部にまでこだわる完璧主義者 キューブリック の「 圧 」に負けて、病院送りになったスタッフもいましたし、「あなたの希望には応えられない」と、涙ながらに訴えた主演俳優もいたそうです。こうなると、もうパワハラというレベルではないし、「被害者の会」が結成されてもおかしくありません(ちなみにハリウッドには「元ジェームズ・キャメロンの妻の会」があります。嘘です。嘘ですけど、この人は5回結婚してます)。


その中で一番有名な被害者は「 シャイニング 」で、主役のジャック・ニコルソンに殺されそうになる妻を演じた、シェリー・デュバル です。現場では、彼女だけ何度も何度も取り直しを命じられ( 元々、キューブリックはテイクが多いことで有名。同映画でギネスブックに載るくらいのテイクを重ねたにも関わらず、結局そのシーンは使わなかったという逸話が残されている)、悪し様に罵倒され、彼女は半ばグロッキー状態で、最後は完全にノイローゼになってしまうのだが( 彼女も現場で倒れた )、それが殺されそうになる作中の人物像に、ピタリとマッチすることに(そうなるように、わざと彼女に辛く当たったとも言われていますが、真相はわかりません)。確かに、スクリーンでの彼女の鬼気迫る表情は、演技ではなく、本気で追い詰められているようですが、本気で追い詰められていたんですね…。それもジャックではなく、スタンリーに。


ソフトの映像特典やドキュメンタリーを見ると、夫人は「あれでも、お茶目で、冗談好きで、優しい人なのよ」と擁護しますが、そう思っている人は、ほとんどいなかったようです。長年連れ添ったスタッフが「 病気になった時だけお母さんみたいに甲斐甲斐しく世話をしてくれて優しかった。でも直ったら、また戻った 」と語っていたのはまだいい方で、多くの役者やスタッフは「 もう一度繰り返したいか?と訊かれれば、答えはノーね 」と言う、シェリー・デュバル を筆頭に皆、何とか「キツかったけど、今となってはいい思い出 」という体で話そうとするのだが、笑っているようで目が笑っていなくて、どうしても暗く重く硬い表情になってしまいます。されど、だからこそ、あれだけ質の高い作品「だけ」を作ることができたのだな、と思ってしまうのは、映画ファンの欲目でしょうか。


デビュー作の「 恐怖と欲望 」から、彼の終生の特筆である“ 構図 ”の見事さが出立しており、「 非情の罠 」で、手練れたフィルム・ノワールでありながら、ジャンルの概念を見事に破壊してみせ、「 現金に体を張れ 」では、この時代にして時制を巧みに操ってみせ、「 突撃 」のラストシーンは、人間の醜いところと、美しいところを同時に映し出してみせ、「 スパルタカス 」では、30歳前後でオールスターキャストの大作の風格のある映画を撮り、「 ロリータ 」ではいくらでも下世話にできるお話を、何とノワール・タッチ( ファム・ファタール物 )で描き、「 博士の異常な愛情 」で究極のブラックコメディを作り、「 2001年宇宙の旅 」は、設定こそ宇宙でSFではあるが、内容は完全に形而学上の思索の旅であり、「 時計仕掛けのオレンジ 」は、人間の暴力性を正面からポップに描いた、ハッキリ言って危険な映画であり、「 バリー・リンドン 」は、上質な西洋絵画集のようであり、「 シャイニング 」を“ 最も怖いホラー映画 ”に挙げる人は世界中に大勢いますし、「 フルメタル・ジャケット 」は、他のベトナム物の映画とはまったく違うアプローチを試み、遺作である「 EYES  WIDE  SHUT」では、超多忙の男 トム・クルーズ を堂々と一年半も撮影で拘束しました。そんなことが出来るのは、世界広しといえども、キューブリック だけでしょう。


映画の好みは、個人個人、それぞれに色々あるでしょうが、映画の完成度という意味では、13作品すべてにおいて極めて高いレベルにあり、それぞれの分野で、最高峰の呼び声が高い傑作をいくつも制作してきました。そんな映画監督は他にいません。まだキューブリックの作品を一作も観たことが無い人を羨ましくて仕方がありません。これから13回も映画の悦びを味わえるなんて…(ワーナーから何か貰っているわけではありません)。



今回、まとめて続けてキューブリック作品を振り返ってみて、ふと自分は“ ワインバー造り ”に全力を尽くしているだろうか?自問自答してみました。
もちろん「しています」。
していますが、“ キューブリックのように ”しているか?と、問われれば、自信はありません。しかし、今一度、「やるならば全力でやる」という“ キューブリック魂 ”を胸に、店造りに取り組んでいきたいと思っています。
......他に従業員がいたら大変だったでしょうね......



 

また会いましょう。 


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おまけ:キューブリック全作品解説


「恐怖と欲望」 

監督デビュー作。この時まだ若干24歳。登場人物は兵隊だが、戦争映画(架空の戦争という設定)というより、ワン・シチュエーションだけを描いた思考実験のような雰囲気。どう見ても低予算の小品であるが、カメラワークと編集に早くも才能の萌芽が。ただ、キューブリックは気に入らなったようで、その後、上映できないようにプリントを自分で買い集めて回ったとか…。


「非情の罠」 

題材も撮影スタイルも完全にフィルム・ノワール(白黒の犯罪映画)。もともとキューブリックは、写真家だっただけに、光と影の使い方や構図が見事。前半のボクシングシーンの撮り方はスコセッシが「レイジング・ブル」で臆面もなく、そのまま使っています。初見時はとってつけたようなハッピーエンドが「らしくないな」と思ったのですが、この映画の原題は「Killer’S  Kiss」ということを考えると…、「なるほど、そういうことか」と今になって納得。実に「らしい」映画でした。やはりキューブリックは侮れない。


「現金に体を張れ」 

いわゆるケイパー物(強盗映画)。時間軸をズラして繰り返すのはタランティーノが真似ていますし、強盗の際にピエロのマスクをするのは、ノーランが「ダーク・ナイト」で、拝借し(マスクのデザインまで似ている)、「インセプション」で、主人公が雑踏で仲間と目を合わせずに、順番にすれ違うシーンもこの映画から盗っている(あの映画も一種のケイパー物だから絶対に偶然ではない)。ラストは、その後の映画でも何度も象徴的に出てくるシンメトリーで「THE END」。


「突撃」 

大物カーク・ダグラスからの御指名。これも一応、戦争映画(第一次世界大戦)だが、敵軍はまったく映らないし、後半は何と法廷劇。自分の出世のために大半が死んでしまう無謀な作戦を部下に命じた軍人が、その作戦の失敗の責任を部下に擦りつける話。「つまらん連中が上に立つと、下のモンが苦労する」は「仁義なき戦い」の台詞ですが、昔も今も洋の東西に関わらず、そういうのは変わらないみたいです。そんなやりきれない映画の結末はまさかの...。


「スパルタカス」

 前作同様カーク・ダグラスから依頼された(別の監督が撮っていたのだが降ろされた)歴史活劇。キューブリックの映画というより、ダグラスのプロデュース作といった方が正しい。二作続けて組んだダグラスはキューブリックを評して、「クソ野郎だが才能はある」とダグラスらしい褒め言葉を送っている。


「ロリータ」 

いわゆる文芸物。ただ、題材が題材なだけに、センセーショナルな話題を集めた問題作に。小悪魔的な美しい少女に翻弄される中年男性の悲喜劇であるが、最後になってその美しいはずの少女が、さして美しくない(女優本人が美しくないのではなくて、そういう撮り方をしている)のが、この映画のミソ。そして誰よりも印象に残る怪演を見せた男が、次作の主役を務めることに。言わずと知れたピーター・セラーズである。


「博士の異常な愛情」

 核戦争による人類滅亡をギャグにするという強烈なブラック・コメディ。一人三役を演じた(本当は四役やらせるつもりだった)芸達者なピーター・セラーズをキューブリックは本当に気に入っており、彼には珍しく、演技どころか台詞までアドリブでやらせていたよう。それに応えるかのようにセラーズも八面六臂の大活躍(夫人によると、現場でキューブリックは笑い転げていたそう)。20世紀で最も称賛されたコメディであるが、これは本当に笑っていいのだろうか?と思いながら、やっぱりいつも笑ってしまう(その後BBCの調査で60年代のアメリカの空軍で心を病んだ将軍がソ連を挑発する為だけに爆撃機を飛ばしたというほとんど映画と同じ話が実話としてあったらしい…)。


「2001年宇宙の旅」 

SF映画のみならず映画史上に燦然と輝く金字塔。「人はどう生きべきか」を問い続ける学問が哲学だとすると、この映画が問うているのは「人類はどこから来て、どこに行くのか」であり、スケールが大きい。キューブリックの関わっていない続編の「2010年」もそれなりに面白いのですが、その差は歴然としていて、製作者が気の毒になるほどです。この悲劇は「ドクター・スリープ」でも繰り返されることに...。


「時計仕掛けのオレンジ」 

舞台設定が近未来なのでSFに分類されることも多いのですが、内容は、どちらかといえば、ピカレスクロマン(悪漢物)。わりと尖がった感性の人たちの間で、この映画をオールタイムベストに挙げる人が多いのも、さもありなん。みんな大好き「ダークナイト」のヒース・レジャーがジョーカーの役作りにこの映画の主人公アレックスを参考にしたことでも有名。この映画が嫌いな人とは友達になれませんが、あまり好きすぎる人も...。


「バリー・リンドン」

 完全なる歴史物。18世紀の雰囲気を出すため、普通の照明によるライティングを排し、蝋燭の火で撮影できるNASAのレンズを使用して撮影。結果、西洋絵画をそのままフィルムに焼き付けたようで、美しい映像を撮ることでも定評のあるキューブリックの作品の中でも段違いに美しい映画です。迷い込んで入ったヨーロッパの小さな美術館で丹念に一枚、一枚、飽かずに絵画を見て回っているような、そんな錯覚に陥りそうです。すいません、物語の内容はあまり憶えていません。


「シャイニング」 

数多あるホラー映画で、高い芸術性すら感じさせる傑作はこれだけでしょう。「レディ・プレイヤー1」など、オマージュされた数も半端ではありません。「レッドラム」なんて日本のコミックスでも出てきました。ただ、原作者のスティーブン・キングは、とにかく気に入らず、自ら別のバージョンを製作したものの、オリジンの方が必ずしも正しいとは限らないようです。昔、チャップリン本人が身元を隠して“ そっくりさんコンテスト ”に出たら、2位に甘んじたという話を思い出しました。


「フルメタル・ジャケット」 

ブートキャンプと戦場という二面から描いた戦争映画(ベトナム戦争)。前半でとにかく汚い言葉で訓練生を罵倒する教官役のリー・アーメイが圧巻。元々、軍隊の話し方などの演技指導で招かれただけだったが、誰もリー・アーメイのように巧みにリズミカルに人を罵倒できなかったので、そのまま同役を務めることに。後半はそうやって育て上げられた兵士たちが、現地でゲリラ少女一人を倒すのにも犠牲者多数で、散々手こずるというのが、何とも皮肉が利いています。


「EYES  WIDE  SHUT」 

今作品のクオリティたるや、「これが70の じーさんが最後に作った作品か」(敬称略)と驚かされました。映画監督の晩年の作品は、なかなか辛いものがありますが(“世界の黒澤”でさえ三船以降は冴えませんし、伊丹十三の最後の三作は、最初の三作を撮った人とは思えない出来だし、市川崑の「犬神家の一族」のセリフリメイクはやらなければ良かったと思います)、この人は例外みたいです。細心の注意を払って作られた工芸品のような見事な出来栄え。 




 

また会いましょう。 



2021.7.26

第32回




One

~ NO   U2     NO  LIFE 〜





1985年のU2

前回の当コラムで紹介した“ LIVE  AID ”にはU2も出演していて、この時に彼らの存在を初めて知りました。ここで少しばかり歴史のお勉強になりますが、この頃は「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」(イギリス出身のアーティストが世界の、特に米国の音楽ヒットチャートを席巻した現象)と呼ばれる時期で、デュラン・デュランやカルチャー・クラブやワム!などルックスも煌びやかで、派手なポップグループが人気でした。いまだハリウッド映画でちょくちょくこの時代の楽曲が使用されている、いわゆる80年代ブームがいつまでも終わらず、何度も仕掛けても一向に90年代ブームが訪れないのは、この時代の音楽がいかに大衆の心を捉え、それがタイムレスに現在の若い人にも響いているということなのでしょう。


その中でU2はまったくスター然としておらず、田舎から出てきた(全員アイルランド出身で厳密にはブリット・ポップではない)、どこかのガレージバンドの様な地味な いでたちで、首に青筋立てて正論を捲し立てるように歌う様(歌詞の意味は理解できなかったが多分そういうことを歌っているんだろうなと思っていました)はルックス重視のこの時代にやや異質で、そこそこ売れてはいたが、まだそこまでではないという感じでした。



U2と「 The Joshua Tree」 

U2の本当の快進撃は2年後の87年から始まります。この年は重要です。リアルタイムで憶えていますが、ちょうどこの頃から80年代特有の「何も考えていないような」脳天気なまでの明るく楽しい曲が軒並み姿を消します。大衆が短いスパンで(MTVがその拍車を掛けた)、同工異曲のポップソングをあらかた消費し尽くしてしまい、ハッキリ言ってそういった曲に飽きてしまったようです。代わりに台頭してきたのは、よりシリアスな雰囲気や歌詞の曲で、例えばスザンヌ・ヴェガの「Luka」はメロディはキャッチーですが、歌詞の内容は当時、社会問題になっていた「幼児虐待」を扱っています。ドラックについての曲も多くなってきたのも、やはりこの頃ですが、「クスリやって、ハイになってイェ〜イ!」みたいなアッパー系ではなく、ドラッグがもたらす「悲惨な状況」を描くダウナー系が主流でした。やがて来るグランジブームの萌芽は、既にこの頃から芽生え始めていたようですし、ハードロックやブラックミュージックの胎動が聞こえ始めてもいました。そして、こうした風潮の大元には、米国の経済不況がありました。「行け行けドンドン」のレーガノミックスは、掛け声ほど成果が上がらず、「双子の赤字」(貿易赤字・財政赤字)は増大し続け、失業率が一向に減らない。そんな状況下で「何も考えていないような」曲が主流から外れるのも当然かもしれません。それが1987年でした。


そんな中でU2がリリースしたアルバム「The  Joshua Tree」は、彼らの最高傑作の呼び声も高く(その後、音楽的にそれまでより発展したアルバムを制作、ヒットし、一段格が上がると、よく「U2のThe  Joshua  Treeみたいな」という形容詞が付くことが多くなりました。例えばGREEN DAYの「American  Idiot」がよくそう評される)、元々メッセージ色が強く、音楽的にもそれ以前より格段に洗練されていて、シングルでも「With or Without You」で初の全米1位を獲得(日本で最も有名なU2の曲はこれかもしれません。98年に木村拓哉主演ドラマ「眠れる森」で、15年には映画「ソロモンの偽証」で同曲を使用。正直、両方とも効果は「 ?」でした)。ツアーも初めは一万人ほどのアリーナクラスだったのが、追加公演では、スタジアムにスケールアップ。それまで、どちらかと言えば、地味で、通好みな渋いバンドが、いきなりメインストリームの「ど真ん中」に立ち、「87年は完全にU2の年だったと言えるでしょう」(小林克也「ベストヒットUSA」より)となります。



U2の路線変更

しかしながら、それはほんの序章に過ぎませんでした。91年にアルバム「Achtung  Baby 」をリリース。ここで彼らは大胆な路線変更を試みます。それまでの4ピースのオーソドックスなロックからエレクトリカルでダンサブルなアルバムに大きく旋回してみせたのです。その変遷の度合いは「アルフィーのつもりで聞いていたら電気グルーブだった」というくらいで、ボーカルのボノの声質が特徴的だから、かろうじてU2だってことがわかるくらいです。しかも、それでいてセールスも好調でした。


大ヒットしたバンドが路線を完全に変えても同じくらい大ヒットを飛ばしたのは、U2以外に思い浮かびません。なぜなら、突然変異的音楽性の変更は「それまでのイメージが崩れた」といって旧来のファンが離れ、そして、新しいファンも、さして取り込むことができない例がほとんどだからです。以前の当コラム(第14回)でも少し触れましたが、90年代前半のグランジブームに便乗したハードロックバンドの“ ハードでヘヴィ路線 ”の変更は死屍累々の無惨な結果になり、多くのバンドがメンバーの脱退・解散に追い込まれました(あれほど人気を誇ったBON JOVI でさえ、その渦から逃れることが出来ず、下手したらこのまま消えてしまうのではないか?と真剣に心配したものです)。


そういったバンドとU2の大きな違いは、当時のインタビューを読むとよくわかります。彼らは言ってみれば「The Joshua Tree」の路線を引き継いだ「パート2」的アルバムを作れば売れることはわかっていましたが、そんなことはやりたくなかったし、それのままの路線では、いずれ必ず先細りすることもわかっていた。だからこそ「The  Joshua  Treeを新しい音で切り落とす」くらいの気持ちで「Achtung  Baby」を作ったと。つまり、彼らの変化は他のバンドのように「誰かの後追い」ではなく、意図的であり、自発的であり、時代を読んではいたが、乗らなかった。ここら辺に勝因があったような気がします。



U2のライブ

それからもう一つ、U2の変化がもたらした、成功に大きく寄与したものは、そのライブステージです。それまでの彼らは、演奏重視のごくごくシンプルなステージで、衣装というにはあまりに地味な、普段着みたいな格好でドヤドヤと登場して演奏を始めるといった具合だったのが、この時の「ZOO TV TOUR」から、ライティングや細かい舞台装置など、凝りに凝ったステージに様変わりしていました。お金を掛けた派手なステージといえば、80年代前半はGENESISが圧倒的で、後半はマイケル・ジャクソンやストーンズといったビックネームが後に続いていたが、90年代以降、常に最新のテクノロジーを用いた世界最大規模のライブといえば、完全にU2の独壇場になった感があります(金ラメの衣装に白塗りメイクの馬鹿げた格好で縦横無尽に踊り狂った後にそのままの格好で、急に以前のシリアスな求道者のトーンで「With or Without You」を歌うボノは「ガワと表情の対比」も相まって震えがくるほど格好良かったです)。


97年の「POP  MART  TOUR」では、巨大なセットと豪華絢爛なステージが目を惹き(映画「ウイズアウト・ユー」で断片的にこのショーを見ることができ、その為だけに2回観に行った。残念ながら映画はつまらなかった...)、01年から原点回帰なのか、一時的にシンプルなステージに戻り、05年の「VERTIGO   TOUR」は、初めの1曲目「 City  of  Blinding  Lights 」の超弩級のエレクトリカル・パレードのような“ 光のカーテン ”は言葉を失い(これは見に行きましたが、この一曲だけで終わっても何の後悔もしないくらい素晴らしかったです。アリーナよりもスタンドで少し距離を取って見た方が十全に楽しめると、スタンドの方が、料金が高いのは、U2だけではないでしょうか?)、09年の「U2 360度 TOUR」のローズボウル公演は、youtubeが初めての試みとして、ライブ中継(実際にリアルタイムで観ていました。仕事はどうしていたんだろう…)、17年の「THE  JOSHUA  TREE  TOUR 」では、幅がステージとほぼ同じくらいの巨大なスクリーン一杯の映像に合わせた「Where  The  Streets  Have  No  Name 」は圧巻の一言。



U2と“ BAR  TRIBECA”

去年の今頃に、ここ代官山でワインバーをオープンすることになり、まず決めなければいけないのが、店名で、それはあっさりと「BAR TRIBECA」に決まりました(どうしてこの名前になったのかは、またいずれ)。
そして、もう一つ。開店初日のBGMの一曲目を何にするかを決めなければなりません。別に好きな曲を何でも流せば良いのですが、とにかく悩みました。MTVの開局一曲目は何にするかも相当、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末に、バグルスの「 Video  Killed  the  Radio  Star 」という、いかにもな選曲になったそうです。
さてウチはどうするか。あれにしようかこれにしようかと堂々巡りを繰り返し、悩みに悩み抜いても結論が出なくて、いっそシャッフルにして、神様に決めてもらおうかと思ったくらいです。他にもっと悩むことはあるだろうと言われそうですが…。結局、当日まで悩んで流したのは、この曲でした。



U2「 City  of  Blinding  Lights 」



まだお客様のいない店内で、U2と一緒に“ BAR TRIBECA”は、そのスタートを切ったわけです。
さて、再開するときは何にしようか?、悩みに悩んでいる今日この頃です。

DAMN GOOD WINE !

u2! 


2021.7.13


第31回




 

FREDDIE  LIVES  FOREVER 

                            ~  at  ウェンブリー  ~



1985年に、エチオピア飢餓救済のために立ち上がった、ボブ・ゲルドフを中心に、英米のミュージシャンが一堂に会した、一大チャリティ・イベントの“ LIVE  AID ”で思い起すのが、96年に放送のドラマ“ ロング・バケーション ”という人は少ないと思いますが…、あのとき主役の木村拓哉が部屋着で“ LIVE  AID ”のロゴがデザインされたTシャツを着ていて、本人が選んだわけではないでしょうが、とてつもなくセンスがいいと思いました。さて、その“ LIVE  AID ”ですが、近年では、QUEENとフレディ・マーキュリーの半生を描いて大ヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディー」の影響で、こちらを想起する人が多いかもしれません。


もともと日本でのQUEEN熱は高かったです。70年代にチープ・トリックと並んで、本国に先んじて、日本で人気が爆発したバンドと言われ、フレディ没後も息長く、ドラマの主題歌やCMによく使われてきました。そして2018年の同映画で興行収入130億円を挙げ、その年の年間一位をぶっちぎりで獲得。“ 邦高洋低 ”がすっかり定着した我が国の映画業界において、正に異例中の異例の出来事でしょう。ここまでヒットをするということは、QUEENの熱心なファンはもとより、QUEENをリアルタイムで知らない世代にまで広く波及し、浸透しなければこの結果にはならないわけで、いやはやQUEENの底力には驚かされます。


個人的にもQUEENは大好きなバンドで、「グレイテスト・ヒッツ」から「クイーンⅡ」や「オペラ座の夜」に流れるという、お約束の定番ラインを辿り、“ LIVE AID ”も中継を見た記憶があり、「カインド・オブ・マジック」辺りから追いついて、リアルタイムで聴き込み、初期アルバムで誇らしげに表記されている「ノー・シンセサイザー」(シンセサイザーには頼らないというミュージシャンの矜持)のフレーズにしびれ、「 ウェインズ・ワールド」を観に行っては、一緒にヘッドバンキングをし、フレディの死に涙しました。ロックバンドには珍しく、リズム&ブルーズの影響がまったく感じられない、ポップでキャッチーな楽曲のバンドでした。そして、個人的には、その後に開かれたフレディ追悼公演(会場はウェンブリー!)は、数多あるライブの中で最も好きなライブであります。
だから…という訳でもないのでしょうが、そこまで、この映画を楽しめなかったです。


古参のファンほどそうだったと聞きますが、まず史実の改変が気になりました。多くの人が指摘していますが、フレディのエイズ発症は“ LIVE AID ”以降です(フレディが“ ヒゲ ”になるのは、もう少し後だというマニアックな指摘も)。新参のファンの方は、単なる時系列の入れ替えじゃないか、とか、クライマックスをより盛り上げるための演出の一環に過ぎないじゃないか、と思うかもしれませんし、実際に製作者の意図はそうだったのでしょう。


しかしながら、あの時のQUEENのステージで何が感動的だったのかといえば、それは、あの日のステージが彼らの“ 復活 ”だったからに他なりません。映画を観た方ならわかると思いますが、彼らの出番は昼間です。つまり、メインでもそれに準じているわけでもなかったのです。期待もされていませんでした。それだけQUEENは落ちている状態だったわけです(劇中ではまったく触れられていませんでしたが“ サン・シティ問題 ”というのもありました)。そこに、久々に「ライブといえばQUEEN、QUEENといえばライブ」という、かつての輝きを取り戻した、実に気合の入ったパフォーマンスをやって見せたのです。それだけで、あのステージは後世に残るほど素晴らしかったのです(デビュー当時からQUEENを取材していて、当日も現地で見ていた「ミュージック・ライフ」の名物編集長・東郷かおる子も「この日の一番はQUEENで、今まで自分が見たQUEENでもこのステージが一番だった」と、コメントを寄せています。ちなみにこの発言は映画の宣伝ではなく、その何年も前の発言です)。フレディがエイズであることを知りながら…というミエミエの余計なバックストーリーは、いらなかったと思います。


もちろん、ドキュメンタリー映画ではないのだから、忠実に「事実そのままあったこと」だけで映画にしろと言っているわけではありません。製作者の意向だったり、大人の事情だったりで、多少の変更はつきものだと理解しております。だからこそ、少なくともこういうことが実際にあってもおかしくない、このキャラクターはこういうことを言ってもおかしくない、というラインは超えてほしいのです(「アマデウス」。真意の程は不明ですが、モーツァルトを殺したのはサリエリだと思っている人は結構多いです)。


少し話がズレるようですが、最近、他に気になった映画として「ウィンストン・チャーチル」がありました。クライマックス前、ドイツと和平交渉(事実上、降伏)をするかしないかの決断の際に、チャーチルが一人で地下鉄に乗って、一般の人との対話を通じて国民の考えを知り…というシーンを大袈裟な音楽と演技で、さも感動的に描いていましたが…。時の首相が戦時下に一人で地下鉄に乗るはずもなく、監督も「創作である」と割と軽く言っていましたが、一気に“リアリティ・ライン”が下がり、鼻白んでしまいました(タランティーノのイングロリアス・バスターズでの“ ヒットラー蜂の巣 ”シーン。これは明らかに“ ワザと ”なのでこういうのはいいんです)。せっかくチャーチルに扮したゲイリー・オールドマンの特殊メイクが見事で、チャーチルの映像は白黒の荒い映像し残っていないとはいえ、まったく違和感がなかったのに、これは勿体なかったです。


だって、当たり前ですが、完璧にそっくり同じ顔立ちの人間はいない訳で、この手の実在する人物を扱った映画の最初の勘所は、どうしたって、似ているか似ていないかという「そっくりさんコンテスト」になってしまうのは避けられません。そして、その対象人物が有名であればあるほど、個性的であればあるほど、観客もその人物のイメージをしっかりと持っているので、外見で納得させるのはなかなか大変です。例えば、アメリカ合衆国の大統領で最もスクリーンに登場したのはケネディですが、彼はアイコン過ぎて細かい差異が気になるせいか、彼を真正面から扱った映画はないですし、決定版の人もいません(ではそこまで人の記憶に残っていなくて顔立ちが地味なジミー・カーターなら上手くいきそうですが…、残念ながら、そもそも彼を映画にしようと思う人はいないようです)。


その意味で戦略が上手かったのは、サッチャーを演じたメリル・ストリープとレイ・チャールズを演じたジェイミー・フォックス。物語の中心軸を我々がパブリックイメージとして持っている姿の時代よりも前者は少し後に、後者は少し前の時代に置いていたので、他人が演じることによって生じる差異も「たぶんこうなったのだろう」、「以前はこうだったのだろう」と自動的に観客が補完して観てくれるという効果がありました(二人ともオスカー受賞)。


逆に、近年で最も納得できなかったのは、ダイアナ妃を演じたナオミ・ワッツです。断っておきますが、彼女は演技巧者ですし、好きな女優でもあります。ただ、ダイアナ妃にはまったく見えませんでした。“ 心の目 ”で見たけど駄目でした。話し方や声のトーンはびっくりするほど似ていたのですが、御本人よりかなり背が低かったのと、あの見つめられると吸い込まれそうな、気になる大きな目だけは似せられなかった。だから最初から「あっ、違うな」と思ってしまい、最後まで「再現ドラマ」を観ている気分でした。


あとは、少し前ですが、ウィル・スミスが「 ALI 」を演じていましたが、ずっとウィル・スミスだと思いながら観ていました。更に、今年二度目の主演男優賞を取った名優アンソニー・ホプキンスも、ニクソンとヒッチコックを演じたことがありますが、似ているか似ていないかという意味では、まったく似ていませんでした。そもそも、この人はあまり対象人物に寄せる気がなかったみたいで、言われてもわからないというレベルでした。彼には好きな俳優どころか畏敬の念すら感じるのですが、この二つだけは理解できませんでした。


さて、ここまで言えば察しの良い方は既に予測していると思いますが、この「ボヘミアン・ラプソディー」の場合も、どうしても主役のフレディ(ラミ・マレック)がフレディに見えなかったです。これは何も顔の造形だけを言っているのではありません(タンクトップを着た時のピチピチ感と、ケツのプリプリ感が足りないと言っているのではありません)。


もちろん、彼は同役でオスカーを受賞しただけあって、しぐさや癖の一つ一つまで研究して演じていることはわかるのですが、どうもこじんまりとまとまっていて、フレディ・マーキュリーの最も大事な要素である「Attitude(態度・姿勢)」を掴み切っていなかった気がしてなりません。例えば、外見にインパクトがあり、傲慢で意地悪なくせに、ちょっと何かあるとすぐ泣く、という乙女を持ち合わせている「ロッキー・ホラー・ショー」の主人公(ティム・カリー)のような、妙な“ 女優感 ”(二人ともおじさんですけど…)があったら良かったのにな、と思います。
だからこそでしょうか、映画の最後の最後で本物のフレディの映像が流れるのですが、やっぱりコレだよな、と思ってしまいました(当たり前ですね)。それにしてもフレディから発する、あの唯一無二の強烈な個性と圧倒的な存在感というか、エネルギーは一体何なんでしょうか。
見ているだけでこっちも元気になるとか、最近の言い方で言うと「音楽の力を信じている」とかそういうレベルを超えています。根元的な人間の強さのようなものすら感じます。



ここで、こうして、代官山の片隅で、ひっそりとワインバーを経営している自分にも、あんなバイタリティがあったらなと思いつつ、多少なりともフレディからあやかりたいと、今日もお店のBGMでQUEENが流れたら一緒に口ずさんだりしています。



エェーオ! EEH OOH!



2021.7.5

第30回




映画「タイタニック」に学ぶ飲食業従事者の心得


~「 今夜、お客様にサービス出来たことを光栄に思います 」~



“ タイタニック ”は、劇場で観るべきだった、と、後悔している映画のうちの一本です。
ただ、当時のことを記憶なさっている方はわかると思いますが、もう、とにかく宣伝がすごくて、悲恋物語がやたら強調されて、観る前から食傷気味で、そのままタイミングを逃してしまいました。

( 先頃、地上波で放映されたようですね。ちなみに、我が家のテレビは古い型で、地上波デジタルの切り替えをしていないままなので、放送は何も映りません。でもNHKの受信料は払っています。何しろ 、しつこ…、いえ、国民の義務ですから )


ソフトがリリースされたタイミングで、ガールフレンドが一緒に観ようとVHSで借りてきたのですが、何と!それが吹き替え版( 現在のDVDのように両方入っているわけではない)。当時は、心の狭い“ 字幕原理主義者 ”だったので「 吹き替え版なんて観ねえよ、絶対 (三沢風に)」と大喧嘩になり、そのときも観ませんでした( 今でもタイタニックと聞くと、いの一番に彼女のことを思い出します )。


その後、さすがに、世界興行収益第一位の映画を観ないわけにはいかないだろうと、大分経ってから、ようやく観たのですが、「あれっ?これ恋愛映画じゃなくて、パニック映画だな 」と、まず思いました( 主題歌がうるさいとも思いました。どうも苦手なんですよ、あの歌...)。


これは、脚本・監督のジェームズ・キャメロンがよく使う手法なのですが、自分が強く誇示したいものがあって、それに観客が集中できるように物語を類型化して、極端にわかりやすくすることがあります。


代表的なのは“ アバター ”で、あの映画では物語上、意外なことが何一つ起こりません。キャメロンが観客に見せたかったのは、あの世界観・映像体験であって、小難しいストーリーはそれらを阻害すると思っているのでは?と、いうくらいシンプルです。


それでは“ タイタニック ”の場合、キャメロンが見せたかったものは何でしょうか?
それは、もちろん、忠実に再現されたタイタニック号です。
何しろ、半分とはいえ、原寸大のタイタニック号のレプリカを造船し、内装・備品・衣装まで(まったく画面に映っていないものも含む)‘とことん’こだわり抜いております。


ですから、親が決めた、財産目当ての結婚に反発しているヒロインが、素敵な王子様に出逢って...という、見ようによっては、随分と古臭くて、ありきたりなプロットは、観客の関心をストーリーに過度に向けさせないための、単純化でしょう。
うがった見方をすれば、前半の恋愛パートは、ジャックとローズに“ 船内の案内 ”をさせるためだけに存在しているようにも思えます。


では、恋愛パートをバッサリ切った方が良かったのか?といえば、それはできない製作上の事情もありました。
なぜなら、キャメロンの思惑通りに“ タイタニック号 ”を造ったら、それだけで途方もなく製作費が掛ってしまい(最終的に自身が打ち立てた当時の世界最高額の1.5倍になることに...)、それでは映画会社の了承を取り付けることが、なかなかできなかったのです。


何しろ、この予算では、例え映画が完成しても、普通の大ヒットレベルでは赤字です。
計算上、大ヒットホラーシリーズの“ 13日の金曜日シリーズ ”の12作すべて(番外編・リメイクを含む)を合算したくらいヒットして、ようやくトントンといったところ。(こういった“予算の掛け過ぎ問題”というのは、今も昔もよくあって、“ クレオパトラ”で20世紀フォックスは倒産寸前に陥り、“ 天国の門 ”では、実際に映画会社が潰れ、続編を作る気満々だった“ スーパーマン・リターンズ ”や“ アメージング・スパイダーマン ”、特に後者は、話の途中であるにもかかわらず、シリーズ中断・再リブートの憂き目にあったりしました。ちなみに“クレオパトラ”の大赤字は“ サウンド・オブ・ミュージック”の特大ヒットでフォックスの倒産は免れました。重役連中は、大量の段ボール箱を用意させていたそうですが、絶世の美女のこしらえた借金を、そこそこの美貌の女性が返す、というか、“ 捨てる神あれば拾う神あり”とはこのことですね )

更に、会社側としては、過去にキャメロンの同じ海洋アクションである“アビス”が、興行的にそこまでヒットしなかったこと、過去のタイタニック号を扱った映画がすべて“ 沈没 ”してしまったことも二の足を踏ませる要因でした。


結局、映画会社や出資者からゴーサインが出たのは「 沈みゆくタイタニック号の上で、ロミオとジュリエットをやる」という、ストーリーラインができて、主演男優を当時イケメンの絶頂であった、レオナルド・ディカプリオということで、これなら、女性観客にアピールできる“ タイタニック”になる、と考えたからでした。


ですから、特に、ラストに涙した方には、大変申し訳ないのですが、そもそも企画の発端は、“タイタニック号”そのものと、“沈没事故の顛末”を描くことにあり、ジャックとローズの話は、言わば、予算を取り付けるために、後から付け足されたもののようです。

(しかしながら、この映画の成功を牽引したのは、間違いなく恋愛映画のつもりで見に行った世の女性たちでした。自分を含めた男性諸氏の反応は一様に鈍く、デートムービーとして、渋々という人が多く見受けられました。余談ですが、“ ダーク・ナイト”の時は逆に「ダーク・ナイトを熱く語る男がウザい」と女性の評判は、芳しいものではなかったので、こういうのは、どっちもどっちですね)。


そういった事情も影響しているからか、最後のジャックが、自分を犠牲にして、ローズの命を助けようと...のシーンで、二人ともあの板に乗れたのでは?(実験の結果、乗れたらしい)と、思わせてしまうという、キャメロン本人も認める、らしからぬ凡ミスを犯しています(それが気になっちゃって泣けなかったという人は世界中に大勢いるらしいです)。



そんなこともあって、肝心のラストシーンでは全く泣けませんでしたが、

乗客たちが迫りくる恐怖に対して落ち着いて行動できるよう、

最後の最後まで演奏を続けた音楽隊の最後の台詞、

「 諸君。今夜、君たちと演奏できたことを光栄に思う 」

では、ちょっと恥ずかしくなってしまうくらいに、泣いてしまいました(ガールフレンドと観なくて良かった...。ちなみに、これは創作ではなく、本当にあった話だそうです)。


自分が清廉潔白な聖人君子だ、というつもりはサラサラないですけど、

この演奏家のように

「自分ではない誰か(お客様)の為に」行動し、それを全うできるか?

そして、

それが、サービス業に一番必要な資質なのではないだろうか?



と、“ タイタニック ”を観ると、ついそんなことを考えてしまいます。




映画「タイタニック」は、

飲食業従事者に「おすすめです」。 





2021.6.18

第29回



 

50 Ways to Do a Good Job at a Restaurant  


〜 若き飲食店従事者からの手紙 〜




拝啓。

以前、“ BAR TRIBECA ”さんで楽しい時間を過ごさせて頂き、図々しくも、飲食業で働く上で心構えとか、アドヴァイスがあれば、聞かせて欲しいと伺ったところ、「 電車に乗ったときは座ってはいけない 」というお言葉を賜った者です。


あのときは、よく意味がわからず、ボンヤリしてしまい、『 ミヤギにワックスがけを命じられてポカンとするダニエルさんみたいに、ピンと来ていない様子ですね 』と言われてしまい、ますますわからなくなってしまいました。


どうやら、映画“ ベスト・キッド ”(ジャッキー・チェンの方ではなく80年代のオリジナル版の方)からの引用らしく、映画を見てみると“ ワックスがけを命じられて、ポカンとする ”描写はあり、そこは理解しました。
ただ、肝心の、飲食店で働くことと、電車の中で座らないことの因果関係は、分からず仕舞いのままで、実行に移してはみたものの、足が疲れただけでした。
それでもしばらくやってみて、あるコトに気がついたのです。


それまでは、席が空いていたら、何も考えず普通に座ってました。いや、この言い方は正確ではないですね。正確には...こういう言い方は気が引けるのですが......電車が駅に入ってきて、席が一つでも空いていたら、そこに目掛けて脇目も振らずにまっしぐら。あわよく座りさえすれば、もう、こっちのもんで、スマホを出して目的地まで、あとは、野となれ山となれ。ほぼ“ 自分の世界 ”でした。



これが、いざ“ 座らない ”となると、もう急いでいないですから、乗降の際も“ お先にどうぞ ”精神になります。そうすると、特に意識していた訳ではないのですが、自然と周りの人たちに目をやるようになっていました。


初めは、どうしてもシニカルな目で見てしまいました。あんまり人様のことを、どうのこうの言うのも何ですけど( 前述したように自分もそうでしたから )、まあ、みんなすごいです。空いてる席を求めて鵜の目鷹の目で......あまりの必死さにちょっと引いちゃうくらいです。


ただ、これはハッキリと嫌だな、と思ったのは、お年寄り等でもないのに、優先席に座る人たち。それまでだって、さすがに、優先席には座ったことがなかったので、お年寄り等とはいえない健康そうな人達が、平気で、沢山座っているのには驚きました( ああ、こういう人たちが医療従事者でもないのに医療従事者だって言い張るんだな、と思いました)。


まあ、いずれにせよ、気がつくと、そんな具合で、周りの人を(もちろん一挙手一投足をじっと見ている訳ではなく、あくまでチラ見程度ですけど...)、観察するようになっていました。
そして、外見・服装・装飾具などから、この人はどんな人なのか?仕事は? 家族構成は? そんなことを想像したり、しなかったりしているうちに、最終的に、この目の前の人がお客さんとして店に来たら、何を注文するのだろう? どんな風に接すれば良いのだろう?
ボクが「 いらっしゃいませ 」と言ったら、笑顔になるだろうか? お酒はイケるクチなのか?下戸なのか?......
自然と、そんなことを考えている自分が、そこにいました。


電車の中には、それこそサンプルの宝庫のようであり、あらゆる人たちが乗っています。この人達の内の、誰が、いつ、お客さんとして来店したっておかしくないわけです。そんなときに、自分がどう立ち振る舞えば良いのか、シュミレートすることは、決して無駄ではないと思いました。

ああ!こういうことなのか!と初めて膝を打ちました。


正直、びっくりしましたし、すごいな!と思いました。
まさか、電車に乗って座らない、ただそれだけで、そんなことまで考えさせるなんて思いもしなかったです。


だから、それもあって“ ベスト・キッド ”だったんですね。
ミヤギに、ただ家事を命じられたと思っていたダニエルさんは、実は、それが空手の稽古になっていたという。
いやあ、お見それしました。
感心して言葉も出ません。
また色々、教えてください。

                                                         敬具。


追伸
あのとき「“ タイタニック ”を見るのも良いね 」とおっしゃってました。実際に見たのですが、こっちの方はよくわかりませんでした。
 』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そんなこと言ったかなぁ…?。飲食業ってのは、立ち仕事の肉体労働な訳で、足は鍛えておいた方が良いから、電車の中でも、ってことかな…?。タイタニックの方は………」



( 次回へ続く )


 

2021.6.8

第28回




 

Don’t  Dream  It  Be  It 

〜  がんばれ 日本!〜



個人的な話で恐縮ですが(まあいつも個人的な話しかしていないんですけど…)、映画といえば、完全に洋画派で、邦画は(特に新作は)ほとんど見ません。特に、ここ数年はこの“ 洋高邦低 ”の傾向に拍車が掛かって、その率は1:100くらいになっています。ちなみに最後に見たのは「カメラを止めるな!」でした。


けっして食わず嫌いではありませんし(黒澤明と伊丹十三と北野武はコンプリートしています)、邦画そのものを積極的に忌避している訳ではないのですが(数年おきに発作的に「仁義なき戦い」シリーズを見返すときがあります)、何となく食指が動かなくなってしまいました。


その理由をつらつらと考えてみますと、日本語に堪能な某有名アメリカ人TVプロデューサーの発言が一番、自分の心情にピッタリきます。


「(邦画の)俳優の演技が下手。もう悪くなる一方。しかも、その下手な人たちは、自分が下手だってことがわからないでやっているから、もう、どうしょうもない」


いつも駄洒落ばっかり言っている、この人にしては(そうはいってもこの人は海外ドラマの紹介などをやっており実は相当な目利き。外国人が日本語で駄洒落を言える、ということは、言語も文化にも精通していなければできない、と思います)、いささか過激な物言いですが、正鵠を得ていると思います。


まず、大前提として、元も子もない言い方をしてしまえば、映画はジャンルや規模を問わず、“ つくりもの ”です。例えそれが現実を写し出す体のノンフィクションのドキュメンタリー映画でも、何を映し、どう編集するかに、製作者の解釈と意図が内在するわけで、言わば、そこに“リアリティ”はあったとしても、それが“リアル”とは限らないのです。


ましてやフィクションとなれば、これはもう製作者が観客に「面白い」と思わせるために頭の中で創った“100%嘘っぱち”であります。そこを観客にそうと悟らせずに、いかに“その世界”に耽溺させ、埋没させるかに、手腕が問われるということでしょう。


現実ではあり得ない映像を、違和感なく見せる為に、特殊効果やCGやVFXの技術部門が心血を注ぎ込み、人を惹きつけて、捉えて離さないストーリーとキャラクター作りに脚本家が全力を傾けている訳ですが、肝心の演者が稚拙だと、そこで一気に冷めてしまいます。


スタニスラフスキーの“メソッド”とか、技術的に細かいことはわからないのですが、現在の邦画の演者のレベルは、上手いとされている人でさえ「わたし今、演技してます」演技に見えてしまいます(すいません。個人の意見です)。
そして、サブキャラやモブキャラに至っては、特に某テレビ局制作の映画が酷くて(すいません。こっちは謝りません)、一々ノイズになり、全然物語に入り込めません。


これは単純に予算の問題なのでしょうか? それとも制作システムの問題なのでしょうか?
以前、このコラムでもハリウッド映画の場合、台詞が一つくらいしかない端役でも、何十人もオーディションに来る、エピソードを紹介しましたが(第23回参照)、仄聞(そくぶん)したところよると、邦画の場合、キャスティングで最も重要なことは、とにかく、人気タレントのスケジュールを抑えることであって、“ あてがき ”といえば聞こえは良いですが、要するに、内容は二の次であり、三顧の礼で迎えた“タレント様”が、例え下手でも、おいそれと降ろすわけにはいかないと。
このような制作過程を経て、錬金術的に傑作が生まれる筈もなく、国際的には、アニメ映画以外に意味のある興収を得た作品は皆無であります。


ここでは何も邦画を罵倒したい訳ではありません。
ラジオでの映画時評で、邦画を酷評することが多い RHYMESTER・宇多丸の言葉を借りるなら、「いつもそれなりに期待して観ているんだ! でも…」といったところで、実は傑作を待望しているのです。



これと似たような状況に置かれているのが“ 国産ワイン ”ではないでしょうか?
もう20年以上、壊れたレコードのように「最近の日本のワインは品質も向上し、美味しくなって、国際的評価が高まっている」という枕詞を繰り返していますが、正直どうなんでしょう? 
いつぞやの“ クール・ジャパン ”同様、いささか自己願望が入り混じった、誇大広告のきらいが感じられてなりません。


当店は、代官山という土地柄、外国のお客様もお見えになりますし、そういった方々に「国産ワインをお薦めしたい」という気持ちが、ないわけはありません。
いや、むしろ積極的に取り入れていきたい、そうは思っているんです。


が、しかし、岡目八目で勝手なことを言わせて貰えば、個人的には、まったく、国産ワインの品質が飛躍的に向上したという実感がありませんし、輸出量が極端に増えたとか、パリの名店にオンリストされた、という話も寡聞にして聞きません。状況は、実のところ、20年前と大して変わっていないと思います。


もちろん、国産ワインなら一通り飲んできたわけでは全然ないのですが、それでも、ことあるごとに「マスカット・ベリーA」や「 甲州 」などの国産ワインも試してはいるんです。
でも、正直に申し上げて、好みの問題もありますが、本当に美味しい、と思ったことは、残念ながら一度もありません。
何というか…、しっくりこないのです。「いつもそれなりに期待して飲んでいるんだ! でも…」です。


価格がそれなりのワインを飲んでみでも、概して果実味が弱く、輪郭にシャープさが欠け、ぼんやりとした印象だけが残り、インパクトが感じられない。これだったら、むしろ以前紹介した赤玉ポートワイン(第26回参照)の方が、一般受けしそうです(すいません。個人の意見です)。


ヨーロッパのワイン醸造の歴史に比べれば、日本は明治以降ですから、長いとは言えませんが、それはアメリカだって一緒です。
しかしながら、どうしてここまで差がついてしまったのでしょう。
ワイン投資家の人に言わせれば、現在、最も入手困難で投資価値があるワインは、ロマネ・コンティのドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティや、ボルドーの五大シャトーではなく、カリフォルニアのカルトワインのようです。


日本には、ロバート・モンダヴィ(第19回参照)のような革新的なワイン生産者が、出現しなかったからでしょうか?
カリフォルニア大学デービス校のように、ワインを学術的に教える養成機関がないせいでしょうか?
それとも、そもそも日本の気候風土が、ワイン用葡萄造りに適していないのかもしれませんが、その差は如何ともし難い辺りも、洋画と邦画の関係に似ています。



いつか、日本のワインが、世界のレストランで普通に見かける時代が来るのでしょうか?
アカデミー作品賞を取ることは?
サッカーのW杯で優勝することは?
オリンピックの男子 100M走で1位になることは?
ボクシングの世界ヘビー級チャンピオンは?

…それはいつまでも見果てぬ夢のままでしょうか。



可能性はまったくないとは言い切れないかもしれません。

小澤征爾は、ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートでタクトを振り、
田崎真也は、世界ソムリエ・コンクールで1位になり、
イチローは、メジャーリーグで首位打者になり、
大坂なおみは、4大大会の2つを制し、
渋野日向子と松山英樹は、それぞれメジャーを制しています。



いずれも、一昔前には考えられなかった偉業です。

それを考えれば…

邦画の製作者・国産ワインの生産者の、これからに大いに期待です。





“ BAR TRIBECA ”では、

現在は、国産ワインは取り扱っておりません。



“ コレ ”という、美味しいワインを見つけるべく、鋭意捜索中でございます( 自薦他薦求む!)。



 

2021.5.25

第27回



 

ダイエット騒動    〜  ぼくたちの失敗  〜



・ ダイエットは簡単だ。もう何回も実行している

 〜  マーク・トウェイン

(一部 筆者改)

・ 戦争は勝つことより、終わらせる方が難しい    

〜  ある軍人の言葉




好評連載中( ?)の当コラムは、個人的な知り合いも幾人か読んでいて、感想を寄せてくれるのですが、思いのほか好評だったのは、番外編的な“ダイエットの回(第22回参照)”でした。
そして、全員が全員、見事に同じことを訊いてきたので、これはおそらく、当コラムをお読み頂いている皆様も「知りたいことだろうな」と思い、勝手にリクエストにお応えします。

すなわち、2ヶ月半で18.5kgヤセた後、リバウンドはしたのか? ということです。


去年の年末から今年に掛けての2ヶ月半で、自己最重量の72kgから目標の53.5kgまで、主に厳しい食事制限と、連日3時間以上の有酸素運動(ジョギング)とで落としました。
今度は会う人、会う人に「ヤセたね」と言われるようになりました。


これは、鏡の前に立ってみると、さぞ格好いい色男が映っていると思いきや……
何というか“ キャプテン・アメリカ ”になる前のスティーブ・ロジャースと、まではいかないまでも、“ 貧相な身体 ”が、そこにはありました。
そして正直、これはすぐにリバウンドするな、とも思いました。( I have a bad feeling about this. )


それでも、しばらくは、自分でもかなり注意していたので、そこまで体重が増えることはなかったのですが、段々雲行きが怪しくなってきたのは、花粉症と確定申告シーズンで、運動が‘まま’ならなくなってきた頃でした( 春は風の強い日も多く、こういう日もあまり走りたくない )。
プラス2kgが4kgになり、うかうかしていると、もっと増えそうです。


この時点で、体重の増加傾向は、明らかでしたが、「 昨日は忙しくて運動ができなかったからだ 」、「 ちょっと多目に食べちゃったから 」、「 4kgなら1ヶ月もあれば落とせる」、「 また30km走れば大丈夫 」と、自分の都合のいいように物事を解釈して、結果、事態の悪化を招いてしまいました(程なくしてプラス6kgに)。


どうしてこんなに、あっさりと、リバウンドの道を歩みつつあるのか ?
それは、今から思えば、そもそも前回のダイエットの仕方に、問題があったからでした。
食事制限と有酸素運動によるダイエットでは、確かに体重は落ちるのですが、その際に体脂肪だけでなく、筋肉も一緒に落としてしまい( 貧相な身体 )、代謝も落ちているので、いわゆる、「太りやすくヤセにくい体」になってしまうようです。


結局のところ、“ 筋肉をそのままに(あるいは付けて)、体脂肪だけを落として、引き締まった身体にする ”という王道というか、当たり前すぎるくらい当たり前の、正攻法のダイエットを志向すべきだったということです。


まあ、口で言うのは簡単なんですが、いざ行動に移すとなると、それなりに覚悟が必要でした。
正直、「 またか...」という、うんざりした思いがよぎらなかったわけではありません。
しかし、ここで何もしなければ、自分に打ち勝たなければ、「 ヤセた・太った 」と同じことの繰り返しになるのは目に見えているので、「 やるなら今しかねえ 」(©️長渕 剛 )です。


まずは、“最後の晩餐”。
またしばらく、美味しいもの( 高カロリー食 )が食べられなくなるので、食べ納めです。
ステーキを1.5kgと、ソテーした玉葱、ボイルしたブロッコリー、そして、白米3合を美味しくいただきました( 約5000kcal)。
スーパーでレジをしてくれた店員さんは、ステーキ肉を5枚を買い求めたお客が、まさか、これを一人で一回で食べるとは、思っていなかったでしょうね。フッフフ......。


いよいよ戦闘開始です。
2ヶ月半で18.5kgヤセて、次の2ヶ月半で8kgリバウンドして(ステーキ食べたらまた増えた)、再びダイエットです。


さて、以前のやり方と大きく変えたのは、筋トレを加えたことと、プロテインパウダーを摂るようになったことです。もちろん、いずれも筋肉を付けるためです。


朝起きたら、オレンジジュースと牛乳でシェイクしたヨーグルト味のプロテイン(タンパク質)を飲みます。初めて飲むのですが、普通に甘くて美味しいです。これで200kcal。


以前は、運動前ということで、炭水化物主体の食事を摂っていましたが、プロテインドリンクだと、消化吸収が早く、胃もたれもないので、食休みの時間が省略できます。
さらに驚いたのは、たったこれっぽっちのカロリーで、2時間程度なら、エネルギーと集中力を切らさず運動できる、ということです。
普通の食べ物で摂取する場合だったら、もっともっとカロリーが必要になります。


その後、ジョギング。
走る距離は短くしました。最大でも20km。前回は、ピーク時は、30〜40kmでした。
コレはいくら何でも走り過ぎで、走っているときは良いのですが( 多分にランナーズハイの影響 )、後で“ガック”っと疲れちゃって、使い物にならなかったので、まあ程々に。


帰ってから、すぐに筋トレ。
腕立て伏せ・腹筋・背筋運動の基本動作( 最初は20回しかできなかった。現在は少しずつ量を増やし30回を3セット)から、タオルとダンベル代わりにしている漬物石(約6kg)を使って、主に肩まわり( スーツが似合うように‘なで肩’を解消したい)を、器具に頼らない“ カール・ゴッチ方式 ”で鍛えます。


一風呂浴びて、20分以内にタンパク質補給(いわゆる筋肉のゴールデンタイムです)。
朝はプロテインドリンクだけでしたが、今度は、バナナも一緒に摂ります。少量でも満腹感があるので、この組み合わせにしています。これで300kcal。


やや専門的な話になりますが、タンパク質というのは、炭水化物を一緒に摂らないと、体に吸収されず、エネルギーに変換してしまいます。
有酸素運動前ならそれで良いのですが、無酸素運動で筋肉を使った(つまり壊した)後は、筋肉の再生という意味でも、炭水化物も必要になります。


1時間ほど体を休めてから、最初のキチンとした食事。
トレーニングは終わりましたが、これから1日活動するので、エネルギーを備蓄するためにも、炭水化物や脂肪も積極的に摂取します。
全粒粉入りのパンかパスタ、スープ、卵、野菜、果物などです。平均800kcal。


その後、だいたい2時間おきに軽く何か(200kcal程度)小腹に入れます(以前はしなかった)。
夕食まで何も摂らないと、空腹時間が長過ぎて、沢山食べてしまうので、それを防ぐ意味合いがあります。
それに、体の方も一度に吸収できる栄養の量は決まっており(例えばタンパク質なら30gくらい)、それ以上は脂肪になってしまうので、食事は小分けにした方が良いようです。
ちなみに、食べているのは持ち運びができて、手軽に、いつでもどこでも食べられるように、果物・蒟蒻ゼリー・茹で卵・プロテインバーなどを用意しています。


以前の夕食は、カロリーが少なければ少ない程、良い、という具合で、味気ない食事でしたが(この頃は駅からの帰り道、ファーストフード店やら、食べ物屋のチェーン店が立ち並ぶ通りを歩くのが、苦痛でした。「さあ、家に帰ったら、豆腐と納豆と野菜の夕食だ!」と思っても、あまり心が踊りません)、今回は、カロリーそのものを増やしました。


定番の、豆腐と納豆と野菜に、焼き魚か肉類を加えます。
魚は、それほど神経質になる必要はないのですが、肉類は、注意が必要です。
肉類といえば、以前は、鶏のささみか、胸肉しか食べなかったのですが、今回は、鶏砂肝、豚レバー、牛ハツなんかをレパートリーに加えました。それでも肉類が入ると食事の楽しみが違いますね。


間食を取り入れたことと、夕食の拡充で、平均すると1日の総カロリーは、2500kcal前後ですから、それほど節制している感じはしません。
気を付けているのは、食べる回数、タイミング、内容であって、量はそこそこ摂っています。
ここが、前回と違うところです。
とにかく、前回は、いつでも空腹で(食後でさえも)、四六時中、食べ物のことを考えていた気がします( 何しろ最大で“一食”5000kcal食べる人間が、“一日”1500kcal程度に抑えていましたからね)。


当然、体重はなかなか落ちませんでしたが、体型は変わりました。
筋トレとプロテインの効果か、気がつくと腹筋は割れて、腕の血管が浮き出て、胸の厚みが増し 、肩が少し張ってきました。
こんなことを言うと、笑われるかもしれませんが、鏡の前に立つのが、楽しみになってきました。


やがて、こんな風に、トレーニングを続けているうちに、食事量を減らしたわけでも、運動量を増やしたわけでもないのに、いきなり体重が9日間で4㎏も落ちました。
過去に、こんなペースで、ヤセたことはありません。


計算上、こんなにヤセるわけないのに“ ヤセた ”ということは、新たな因子が加わったから、と考えるしかありません。
コレは、間違いなく“ 筋肉効果 ”でしょう( 何だか筋肉芸人みたいですね )。


以前でしたら、“ 9日間で4㎏も落ちた ”ら、それだけで狂喜乱舞でしたでしょうが、実は、今回はそうでもありません。
それよりも、むしろ身体が引き締まり、健康体になることによって、精神状態が良い方が大事だと思うようになりました。

現在は、さらに、2kg落ちました。
あと2kgですが、もうあまり一喜一憂しなくなりました。




今回の“ ダイエット騒動 ”で学んだことといえば、自戒を込めて思うのですが、まず、正しいやり方を見つけることが、何より大事ということでした。
付け焼き刃や、ショートカットではなく、一見、遠回りをしているようで、効率が悪いように見えても、確実な道を選ばなければならないし、それは、何もダイエットに限ったことではないのでは... ?




そんなことを考えながら、営業再開の準備を進めております。



BAR TRIBECA ”は、引き続き 「休 業」となります。




皆様にお会いできるその日を楽しみにしております。 




2021.5.13

第26回

 


FAKE  STAR    

              ~  の、ようなもの ~ 

“ INOKI  BOM-BA-YE!”



プロレス者(プロレス愛好家)の諸先輩方に比べれば、‘生’ 観戦歴が、猪木舌出し失神事件で有名な“ 第一回IWGP決勝戦”、そのホーガンと猪木がタッグを組んだ“ MSGタッグリーグ決勝戦”、“三沢タイガーのデビュー戦になった田園コロシアム”、“猪木とブロディの一騎打ちとなった両国”、現在では、年始恒例となっている“新日1.4東京ドームの一番最初の大会”、“川崎球場での天龍と大仁田の電流爆破マッチ”、“95年から96年にかけての新日とUインターとの対抗戦になった東京ドーム三大会のすべて”、“船木とバス・ルッテンのタイトルマッチ”、“神宮球場での高田・天龍戦”、“マサ斉藤の引退試合”くらいしかない、まだまだ若輩者ではございますが、プロレスは割と好きです。


プロレスの魅力を一言で申せば、それはズバリ“ 虚実皮膜の論 ”、つまり、事実(スポーツ・真剣勝負)と虚構(シナリオのあるショー)の狭間の微妙なところに、その「真実」と「魅力」があるということでしょうか。


アメリカでは、既に、業界最大手である“ WWE ”が、株式上場の際にハッキリと「エンターテイメントである」と宣言しています。
日本はどうかといえば、現役の団体、もしくは選手が、公式に認めてこそいませんが、ある有名レフリーが、その内実を暴露してしまい(“ミスター高橋”本)、現在では、熱狂的なファンとはいえど、真剣勝負の格闘技とカテコライズしている人は、ほとんどいないと思われます。


考えてみれば、黎明期の力道山の時代からプロレスはきわめて作劇的でした。
敗戦の爪痕がまだ大きく残る日本で、大柄なアメリカ人を、空手チョップでバッタバッタとなぎ倒す様は、大いに溜飲(りゅういん)を下げたことは、その時代の人間でなくとも想像に難くないです( 初代ゴジラや「七人の侍」と同じ年であったことは示唆的である)。


その頃のテレビ中継はNHKで、一般紙のスポーツ欄に結果が報じられていたようですが、「どうもこれは純粋なスポーツではない」ということは、早々と公然の秘密となり、ある種の偏見を伴った、揶揄の対象となってしまった感があるのは否めないでしょう(そういった世間の目とも必死に戦ってきたのは、“ アントニオ猪木 ”で、柔道の金メダリスト、極真の王者、そして、当時の現役のボクシング世界ヘビー級王者のモハメッド・アリらと一騎打ちを挑んできた。その反面、“ 海賊男 ”を出したりするから、どうもこの人はよくわからない…)。


では、彼らのやっていることは、完全なるフェイクで、レスラー達も筋書きのあるストーリーを演じるだけの“ 役者 ”に過ぎないのか?というと、そうとも言い切れないのが、あの世界の奥深いところであります。


そもそも、前提として一流選手達の多くは、本当に強い、もしくは身体能力に優れています。
一例を挙げれば、アメリカのカート・アングルという選手。この人はアトランタオリンピックでレスリングの金メダリスト。普段は、演技過剰なのですが、本気になれば誰もテイクダウンすら取れない。稀に、相手がレスリング元全米王者であったりするときだけ、その片鱗を見せるのですが、もうキレッキレでした(現在は既に引退)。


また“ 筋書きがある ”と一言で言いますが、その筋書き(業界用語でアングルという)の出来が悪ければ、誰も観ないです。
ただ善玉と悪玉がいて、善玉が勝つだけじゃ駄目です。個人的に認めたくはないのですが、FMW時代の大仁田のアングルは冴え渡っていました。そうでなければ、試合自体はさして魅力があるとは思えないのに、五万人以上の観衆を集めることはできなかったでしょう。


そして、滅多に観られることはないですが、シナリオから外れた試合というものが存在します。
それは「 不穏試合 」とか「 ブック破り 」と呼ばれます。
代表的な例は、Uインターの高田が、元横綱の北尾をハイキック一発でKOした試合でしょう。
その後の証言などでわかるのですが、この試合は、時間切れ引き分けになる、はずだったのを、いきなり反故にしたようです。
だからこそ、いわゆる10.9の武藤戦で、この男は最後の最後で何をするかわからないから、妙な緊張感が横溢(おういつ)した試合になり、非常に緊迫したものになりました。


プロレスとは、スポーツ(筋書きのないドラマ)ではありません。それは事実です。しかしながら、そうでないが故の、魅力があるのもまた事実なのです。



さて話は変わって、サントリーが出している“ 赤玉ポートワイン ”という飲み物があります。
現在の正式名称は「赤玉スイートワイン」。
ポートワインとは、そもそもポルトガルで造られる酒精強化ワインのことで、国際的に産地呼称のルールから反している(かつてはカリフォルニア・シャブリという滅茶苦茶な名称のワインも存在したがこれも駄目)ため、現在の名称に改められました。
もちろん改称の理屈はわかるのですが、“ ジェダイの帰還 ”に、いまだ馴染めないのと一緒で、個人的には“ ジェダイの復讐 ”→“ 赤玉ポートワイン ”という方がしっくりときます。


この赤玉ポートワイン(というわけで本稿ではこう呼ぶことにします)は、ワインといえばワインなのですが、香料や甘味料を添加しており、一般的なワインとは随分、趣きを異にしています( 酒屋でもワインコーナーではなく、リキュールコーナーに置いてあることが多いようです)。


端的に言えば、甘くて飲みやすく、確かにアルコール感はあるのですが、まるでジュースのような飲み口。ここら辺が評価の別れ道のようで、「ワインとはかくあるべし」という、玄人筋には、いささか評判が悪いみたいです。


まあ、「こんなのワインじゃない」と言うのは簡単ですし、言わんとすることも理解できるのですが、普段、全然ワインを嗜まない人が飲んでみて「美味しい!」と言う場面に遭遇したのは、一度や二度ではありません。
プロレスが、何だかんだ言って、他の真剣勝負の格闘技より人気を誇っていることと、似通ったものを感じます。



ここで話は100年ほど前に遡ります。

今も実は大して変わらないのですが、食事と共にほぼ100%ワインが供されるヨーロッパ諸国と違って、日本人にとって、ワインとは、決して日常的な飲み物ではありません。
30年近く飲食業で働き、現在はワインバーを経営していても、そのことは強く思います。
その一番の理由は、根源的に“ ワインとは飲みやすい飲み物ではない”ということではないでしょうか。
これだけ、食と酒の多様化が進んだ現在でさえ、こうなのだから、100年前は推して知るべし。
ワインは、ほとんど一般家庭には流通しませんでした。


その状況を打開しようとしたのは「やってみなはれ」を社是とするサントリーの前身である“鳥井商店”。コンセプトは“ 日本人の好みに合わせた味わいの葡萄酒 ”ということで、ポートワインを参考にして開発されたのが、この“ 赤玉ポートワイン ”というわけです。


これが当たりました。
誰が飲んでも、普通に甘くて、飲みやすくて、美味かったその味わいは元より、宣伝も上手かった。例の艶然と微笑む女性のポスターとラベルのデザインが有名です。

ポスターは、全体的にはセピアトーンなのに、グラスの中のワインの赤だけが色鮮やかで、パッと人の目を惹きましたし、日の丸をイメージした(日本発の意味合いを込めている)ラベルは、現代の視点から見ても、“レトロモダン”の上質なデザインで、宣伝広報上手のサントリーの面目躍如は、この頃から始まっていたようです(その後、同社の宣伝部からは開高健、山口瞳と芥川賞作家と直木賞作家を輩出している)。


それにしても、一つの商品が、100年以上も流通し続けるというのは、人気がなければ、当然、黙って淘汰される訳で、森永のミルク・キャラメルや、明治のミルクチョコレート同様、そう簡単なことではないと思います。


飲み方としては、そのまま飲んでも良いのですが、ロックにしても、炭酸やコーラなどと割っても良い。さらにいえば、オレンジやパイナップルの果汁と合わせた“パンチ”にしても、ちょっとした“ サングリア”みたいで、これもまた美味。
暑い夏に、食前酒代わりにするのも一興です。



赤玉ポートワインは、厳密にいえば、ワインではありません。
それは事実です。
しかしながら、ただのワイン“ の、ようなもの ”もしくは、廉価版では、いくら何でも、ここまで長きに渡り、愛飲されることはなかったのも、また事実です。



“ BAR TRIBECA ”では、『 赤玉ポートワイン』

                                                                        
をご用意しております。



汗ばむ陽気の日には、これで喉を潤しながら、ゆっくり今日のワインを考えませんか ?






INOKI BOM-BA-YE! 



2021.5.4

第25回



今更訊けないワイン基礎講座:vol.2

~ このワインどんな味って言えばいい? ~



「お電話ありがとうございます。“ BAR TRIBECA ”です」

「あっ、俺だよ、俺」

「オレオレ詐欺ですか ?  師匠。お久し振りです」

「ちょっと訊きたいことがあってさぁ」

「何かワインのことでお困りですか?」

「そうなんだよ。お困りなんだよ。察しがいいねぇ」

「例の彼女と宅飲みして、ワインのことを訊かれて、答えられなくて、困ったって感じですか?」

「いやぁ。今は時節柄、飲みに行けないからさ。リモート飲み会ってやつ」

「なかなか小洒落たマネをしますね」

「なぁに、弟弟子にセッティングやらせて、繋がったら帰らせて…」

「師匠の弟弟子になるのも、楽じゃないですね」

「こんなの俺が兄弟子から受けた仕打ちに比べれば、まだまだ可愛いもんよ。まあ、そもそも彼女はウチには来たことないから」

「それ、本当に付き合っているんですか?」

「付き合っているよ! 映画も食事も行ったし!」

「イマドキその程度じゃ、付き合っているって言わないですよ」

「清い交際でね」

「……頑張ってください」

「そこでマスターに相談ってわけだよ」

「やっと本題に入るってわけですね。やたら前段が長いってよく言われているものですから」

「どういうこと?」

「いえ、こっちの話です。噺家さんでもいらっしゃるじゃないですか?マクラは抜群に面白いのに、本編に入るとそうでもないって人が…」

「それは俺のこと?」

「いえいえ、師匠はオールラウンド・プレイヤーですから。古典をやらせても、新作でも滅法上手いですから」

「おだてても、一万円しか出ませんよ」

「だからください!」

「いい加減、話戻していい?」

「すいません」

「とにかく、彼女とオンライン飲み会をやっていたわけですよ。同じワインを買って、向こうとこっちで乾杯して…」

「師匠、『北の国から』見てました?」

「あっ、わかっちゃいました?」

「ええ。離れたところに住んでいる純とれいちゃんが、同じ映画を借りてきて、同じ時刻に観るって…」

「そう、それそれ!いいよねぇ、ああいうの」

「いいよねぇ、は良いですけど、確かあの二人は結ばれないんですよね...」

「あっ!」

「…すいません、余計なことを。それで質問は?」

「うん。お互い同じワインを飲んで、感想を言うんだけどさぁ、なんか、こう上手いこと言えなくて。マスターみたいに、どうたらこうたら、ウンチクを言ってみたいんだけどさぁ」

「ああ、簡単ですよ!」

「また簡単に言うね」

「簡単ですから。ワイン飲んで思ったことや、感じたことを、そのまま言えばいいんですよ」

「それだけ聞くと簡単そうだけど、間違ったことを言っていたら?」

ワインの味の表現に、合っているも間違っているも、ないです

「でも、的外れはあるだろ?」

「師匠、雲ってあるじゃないですか?」

「お空に浮かんでいる?」

「はい。雲の形が何に見えるかなんて、人それぞれじゃないですか。クロワッサンに見えるかもしれないし、空飛ぶ円盤に見えるかもしれない。要は、まあ、あんまり大きい声じゃ言えないですけど、言ったもん勝ちですよ。聞いた方はそういう目で見ると、そうかなって思うもんですから」

「そういうもん?」

「そういうもんです。師匠、今、何か飲んでいます?」

「こないだ、そこで飲んで美味しかった……、クインシー?」

「カンシーですね。それ飲んでどう思います?」

「美味い!」

「もう一声!」

「うう〜ん、何だろう。目を閉じて飲むと…『うわぁ、口の中にフルーツバスケットを広げたみたいや〜(彦摩呂風)』というか…、おかしいかなぁ?」

「師匠」

「はい」

「100点ですよ!」

「本当? こういうんで良いのか!?」

「そういうんで良いんですよ」

「何だ~」

「何だって何ですか」

「いやぁ、簡単だなぁ、って思って」

「だから最初から簡単だって言っているじゃないですか」

「こういうの、得意だよ、俺!」

「でしょうね。健闘を祈ります」

「お店はしばらく休み?」

「ええ。まだ、もうちょっと時間が掛かりそうですね」

「でも、そうやって店にはいるんだ?」

「一日一回は、居るようにしています」

「何やってんの?」

「まあ、お店っていうのは、何かしらやることがあるものなんですよ」

「なるほどねぇ。再開したら、必ず行くよ!」

「お待ちしております」




“ BAR TRIBECA ”は、しばらく休業になります。

再開後、お客様により楽しんで頂くにはどうすれば良いのか、日夜、思案中でございます。 



 

DAMN GOOD WINE ! 

 

2021.4.25

第24回



「 北の国から 」のワイン  〜 食べる前に、のむ!〜



田中邦衛に「北の国から」の黒板五郎役のオファーがあったとき「とてもこんな役はできない」という感想を漏らしています。妻と別れて故郷の北海道で二人の子供を育てるという「大草原の小さな家」のような話は高倉健のような主役級のスターが演じるべきで、自分のような脇役専門の役者には務まるはずがないと思っていたようです。


しかしながら脚本家の倉本聰の考えは違っていました。半分は自分の分身である五郎役(当人も東京で挫折し北海道に転居)は真面目にやればやるほど矛盾が生じる“情けない男”でなければならない、そしてその役には田中邦衛がうってつけだと。


その目論見は見事に当たりました。彼が演じることによって、本当に現実と地続きにそこに居るような実在感を視聴者は感じることができたのです(実際に富良野市内を衣装を着たまま歩いていて「五郎さん、お茶飲んでいきなさいよ」と地元の人に声を掛けられたりしていたようです)。


これが健さんだったらどうしたって格好良くて、立派で仰ぎ見られる存在になってしまい、単体ならまだしもここまで長いシリーズ(2クール24話の連ドラ、その後不定期ながら数年おきのスペシャルで都合20年)、脇役を含めて同一キャストによる20年に渡る、本当の意味での“大河ドラマ”にはならなかったのではないでしょうか。



思い返せば「北の国から」には散々泣かされてきました。多分、多くの人が挙げるだろう「北の国から」の感動ポイント。“ラーメン屋のシーン”、“泥のついた一万円札”、“風呂越しに親子が語り合うシーン”、“草太兄ちゃんのスピーチのテープ”など、今でも「泣かずに見られたら100万円」と言われても泣かない自信がありません。


そういったメインキャストのメインストーリーはもとより脇役たちのサイドストーリもまた凄い。大友柳太朗の“馬を売ってしまった話”、笠智衆の“豆を撒くシーン”、大滝秀治の“妻の葬式に遅れてきた五郎の事情を説明するシーン”、地井武男の“妻のがんの発病を告げるシーン”など、心に重いものがズンと残るシーンが多いのもこのドラマの特徴です。


私見ですが、脚本の倉本聰は“少年と老人”を描かせたら天下一品です。反面、若者の心情(純・蛍と同年代のため、こんな風に思わないし、言わないし、やらないと、割とリアルに感じてしまった)や若い女性(れいちゃん以外の純のガールフレンドは申し訳ないけど上澄みをすくっただけの描写に見える)は、あまりうまくないように感じてしまいます。


願わくばオーラスとして五郎の最晩年を見たかったような気もしないでもないような……




『 拝啓、ケイコちゃん
今日、ドイツに着きました。父さんが突然、旅立って半月が経ちました。
・・・・・・
村の人に「様子を見て来い」と言われたので慌てて行ってみると、父さんはドイツ語も碌に話せないのに(英語だってもちろん話せない。だいたい日本語だって怪しい)、もうすっかりこっちに溶け込んでいる様子で、歩いているとしょっちゅう声を掛けられては「ダンケ、ダンケ」って答えながら一緒になってガハハ笑っているから不思議なものです。


そして絶対に地元の人しか行かないような小さなワインバーに僕を案内して、何やかんやと注文して(どう考えても父さんは日本語で話しかけているのに不思議と通じるのです。僕は飛行機の中で必死に覚えたドイツ語で話しかけるのですが全然駄目。トイレにも行けなかった…)、僕をもてなしてくれました。


「ドイツだからビールなんじゃないの」って訊いてみると「遅れとるがな、純くん。観光客じゃないんだから」と笑いながらやたら飲みやすい白ワインを注いでくれました。父さんが僕のことを純くんと呼ぶのは北海道に行った当初以来で懐かしい気持ちになりました。


「こっちに来てからはずっとこれだね」という父さんお勧めのそのワインは長旅で疲れた僕には丁度よく、何だかいくらでも飲めるような気がしてきました。酸味は穏やかで葡萄というより林檎を思わせるスッキリとした味わいの辛口。ドイツはワインの生産地としては北限に位置し辛口のワインを…ん、辛口? ドイツワインって甘いんじゃないの?


僕らの会話を知ってか知らずしてかハンサムな店主らしき人が何やら言葉を挿みますが、相変わらず何を言っているのかわからない。「何て言っているのかな?」「ドイツワインを舐めてもらっちゃ困りますって言ってたな」本当かな?


「そうだよね、マスター」と父さんが同意をも求めると「そうだ」というように頷く。どう見ても二人の会話が成立しているのが不思議です。何だかすごく楽しそうです。どうもドイツはいい国のようです。


「父さん、僕もこっちに住んじゃダメかな?」

「そいつは駄目だ。お前はまだドイツ語話せないだろ」

「そうか。でもそのうち絶対に来るよ、蛍も一緒に」

「ああ、待っている。でもまだそんなに焦って来なくてもいいぞ。父さんはここでこのワインを飲みながらゆっくり待っているから」
・・・・・・


とりあえず父さんはこっちで元気みたいです。』



#倉本聰さん、ごめんなさい。




“ BAR TRIBECA ”では、甘くないドイツワインをご用意しております。


適当につまみながらガンガン飲みには最適です。



DAMN GOOD WINE !



2021.4.18

第23回



ホラー映画の密やかな楽しみと、ロス・ヴァスコス 

〜 イースターエッグを探せ! 〜  【 劇場公開版 】



(※【 ディレクターズ・カット版 】 も続いて↓に用意してございます。この【劇場公開版】を気に入ってもらえたら、少し長いですが、こちらもご一読頂けるとより楽しめると思います ※)




ホラー映画が ‘ 三度の飯より好き ’という方くらいしか「ヘル・レイザー」の8作目はご覧になっていないと思いますが、ご覧になった方はちょっとしたサプライズがある事を知っていると思います。


何と!後にスーパーマンを演じる“ ヘンリー・カヴィル ”がFから始まる四文字言葉を言ったり、Sから始まる四文字言葉を言ったりする「やんちゃ」な姿をご披露しているのです。まあそれがどうしたと言われれば、それまでなんですが…。


ホラー映画を沢山観ていると、こういうちょっとしたお楽しみが、たまにあります。
例えば以前、このコラムでも紹介した“ ジョニー・デップ ”がそうですし(第21回参照)、女の子とイチャイチャしているイケメンは、序盤に残酷に殺されるという定型の元祖である“ ケビン・ベーコン ”がいます( 13日の金曜日 )。


後にオスカー受賞者になった人も大勢います。

「 エルム街の悪夢3 」には、“ パトリシア・アークエット ”( モーフィアスも出ている。細い!)。
“ レニー・ゼルウィガー ”と“ マシュー・マコノヒー ”は「 悪魔のいけにえ/レジェンド・オブ・レザーフェイス」で共演。


他にも“ レオナルド・ディカプリオ ”“ ヒラリー・スワンク ”“ トム・ハンクス ”“ ジェニファー・ローレンス ”“ ヴィゴ・モーテンセン ”“ クロエ・グレース・モレッツ ”“ ジュリア・ロバーツ ”etc… 錚々たるメンバーが顔を揃えています。



このように、思いがけない所で、思いがけない発見をすることを『 イースターエッグ 』と呼ぶようです。



ワインの世界の『 イースターエッグ 』といえば、一番最初に思い出すのが、『 ロス・ヴァスコス 』です。これは、チリのワイナリーなのですが、ラベルを見ると五本の矢と「 R 」の文字をモチーフにしたデザインのマークが。そう、かの有名なロートシルト家の紋章「伝統と上質の5本の矢」です。


そんな「シャトー・ラフィット・ロートシルト」を所有する、名門ロートシルト家が、ワイン事業の世界展開の一環として選び、経営を始めたのが、この「ロス・ヴァスコス( 旧名ビニャ・ロス・ヴァスコス )」でした。コンセプトは、ずばり「チリでフランスワインを造る」こと。


本国からバリバリのテクニカルアドバイザーを送り込み、品質の向上に勤めました。
ワイナリーに足りないのは、経験と技術と設備で、同社は、そのいずれも提供できる状況にありましたから、ワインがその後、劇的に変化しました。


それまで、ただ濃いだけだったワインが、複雑性を帯びて、尚且つ、味わいのバランスが取れ、全体的にエレガントな印象のワインに生まれ変わりました。これぞ正に「チリでフランスワインを造る」ということでしょう。



“ BAR TRIBECA ”オープン前で働いていた、それぞれタイプの違う、直近三件の店で、いずれもこのロス・ヴァスコス・カベルネ・ソーヴィニヨンがオンリストされていたのは、もちろん、コストパフォーマンスの良さもありますが、使い勝手の良さ、しっかりと自己主張しつつも、料理と合わせやすい、という柔軟性を兼ね備えているからだと思います。



そういえば、ロス・ヴァスコス・カベルネ・ソーヴィニヨンは、“ BAR TRIBECA ”の記念すべき一杯目のワインでした。
お客様からは「 しっかりとした赤ワイン 」というオーダー。
もっと重いタイプのワインもありますし、果実味が強いタイプも、ピノノワールらしからぬピノノワールもありましたが、そのときはこのバランスの良さを第一義にして選んでみました。


もちろん、お客様の好みというものは、それこそ千差万別ですから、とりあえずの試金石的として、という意図もあったのですが、「 美味しい 」と言っておかわりをを頼まれ、グラス内で「 どうもニュアンスが変わった気がする 」(空気に触れることによって、ワインが開いた状態へ。グラスはリーデルの大振りのグラス)と、おっしゃって3杯目。
そのまま「 もう今日はこれでいきます 」と、結局お一人でボトル1本空けて帰られました( 少々お手伝いいたしました)。
当店にとっても、このワインは、思い出深い大切なワインになりました。



“ BAR TRIBECA ”では、

ワインはしっかり目が好みの方には、

まずは、こちら〈 ロス・ヴァスコス 〉から。


物足りなかったら…、飲みながら一緒にゆっくり考えましょう。




DAMN GOOD WINE !




↓ ↓ ↓  もっと知りたいですか?  ↓ ↓ ↓

もしよろしければ、このコラムの完全版をご用意しております。

基本的な内容は一緒ですが“ ホラー映画 ”や“ ロス・ヴァスコス ”についてより深く考察して参ります。

続いて↓にスクロールしてください!

2021.4.1 

ホラー映画の密やかな楽しみと、ロス・ヴァスコス 

〜 イースターエッグを探せ !~  【 ディレクターズ・カット版 】 



ホラー映画好事家の諸先輩方に比べれば、ロメロのゾンビ物のすべて、ジェイソン、フレディ、レザー・フェイス、マイケル・マイヤーズのシリーズはリブートを含めてすべて、イタリア物では、ルチオ・フルチとダリオ・アルジェントの代表作、オカルト物の名作「オーメン」、「エクソシスト」などは一般教養として、怪奇映画は、ベラ・ルゴシの「ドラキュラ」、ボリス・カーロフの「フランケンシュタイン」などの有名どころ(そのルゴシはエド・ウッドと撮った晩年の作品と、それ自体を扱ったティム・バートンの「エド・ウッド」も)、「スクリーム(続編もすべて)」に代表される脱構築物や「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」や「パラノーマル・アクティビティ(両シリーズの続編もすべて)などのPOVのフッテージ物、そして、近年の傑作と名高いアリ・アスター監督の「ヘレディタリー」と「ミッド・サマー」、その他、百本くらいしか観ていない、まだまだ若輩者ですが、ホラー映画は割と好きです。

しかし、顔中に沢山のピンを刺している、通称「ピンヘッド」のヴィジュアルイメージで有名な「ヘル・レイザー」(計10作ある)を何故か観たことがなかったので、これはマズイ!と( 別にマズくないのですが... )1作目から観ることに。
しかしながら、前途は多難でした。1作目はまずまずだったのですが、2作目で嫌な予感がし、3作目で風雲急を告げ、4作目に至っては、普通に観ていて話がうまく繋がらない始末( 調べてみると監督は「アラン・スミシー」名義。この名前は、実際の監督が制作上のトラブルなどにより、自分の名前をクレジットに出すことを拒否したときにつけられる偽名です。監督が、自分の名前で出したくない、と思うくらいですから、当然、出来は良いとは言えません。ちなみに、現在は、その制度はありません)。
恐る恐る5作目を見始めたのですが、「 悪くないな 」と、思っているうちに、それがハッキリと「 面白い 」に変わってきた感がありました。
これも監督名を見て納得。後年「ドクター・ストレンジ」を手掛けることになる、スコット・デリクソンで、十分その片鱗を窺わせるに足る佳作でした。
ただ、その後は悲惨でした。
もう典型的な「 回を重ねるごとに悪くなる 」パターンなので、何度観るのを止めよう、と思ったことか。
それでも、ここで止めたら、多分、もう一生、このシリーズの続きを観ることはないだろう、と( 10作目は、DVDスルーどころか、DVDの日本での販売自体がスルーらしく、鑑賞困難なため、これだけは観ていない。正直、ちょっとホッとしました)何とか、息もたえだえになりながら、完走いたしました( 自分で自分を褒めてあげたい )。

さて、何故こんな話をしたのかというと、8作目で意外な喜びを発見したからです。
登場人物の一人を観て「この人、スーパーマンの人に似ているな。でも違うだろうな。あんなことをしたり、こんなことをしたりするし、Fから始まる四文字言葉を言ったり、Sから始まる四文字言葉を言ったりするし。スーパーマンの人のわけがない」と、思っていたら、無名時代の「スーパーマンの人」“ ヘンリー・カヴィル ”でした。
ホラー映画に出演している役者というものは、上記の“ ヘンリー・カヴィル ”がそうであったように、無名もしくは“ まだ ”無名の役者がほとんどです。

その一番の理由は、まず、ホラー映画は低予算で作られるので、ギャラが高い役者は雇えない、という、単純な理由からです( どこの世界でも人件費が一番掛かるのですね )。
映画会社は、基本的には、ホラー映画にはそんなに多額の予算は付けません。
考えてみれば、それもごもっともで、ホラー映画は、まず子供が観ません。
それから、かなりの一定数、ホラー映画というジャンルが苦手で、絶対に観ない層が存在します。
つまり、最初から観客は限られてしまうわけです。
「 ハリー・ボッター 」や「 アバター 」や「 スター・ウォーズ 」とは違う、ということです。

ホラー映画で、無名の役者を使う理由は、上記の制作上の理由と、もう一つ作劇上の理由もあります。
誰がいつ襲われてしまうのかを、ハラハラドキドキしながら観るのが楽しいはずですが、有名な人が出ていると、それだけで、この人はなかなか死なないだろう、もしくは、最後まで死なないだろう、と、観客に思わせてしまうのは、作品鑑賞の上で好ましくありません(その心理を逆手に取った映画もありますが、まだ見ていない人のお楽しみのために、名前はここでは伏せておきます。知りたい方は、お店で会いましょう)。

じゃあ無名だったら誰でも良いのか?といえば、全然そんなことありません。
いわゆるホラー映画における「 犠牲者たち 」は、我々が考えているよりも、遥かに、入念に、キャスティングされています。
そもそも、ハリウッド映画は、台詞が一つくらいしかない端役でも、何十人もオーディションが来るくらいだから、ましてやメインキャストとなれば、とんでもない狭き門の実力勝負です(どこかの国の様に、事務所の力関係とか、誰かとバーターで、とかなんて人は、お呼びでない訳です)。

ホラー映画が、よく晒される批判の一つに「 犠牲者たち 」のキャラクターが類型的過ぎる(「馬鹿過ぎて共感できない」)というのがありますが、これはある程度、作り手が意図的にそうしています。
もし、一人一人のキャラクターを、しっかり描いて感情移入してしまったら…、いざ、その人物が「 犠牲 」になってしまうと、とてもじゃないけど、観ていられなくなってしまいます。かといって、そこに、本当に、まったく共感し得る素地がなければ、それはどうでもいい話、もしくは、残酷見せ物ショーになってしまいます(そこら辺を完全に開き直った「デット」シリーズというのもあります)。
ですから、「 犠牲者たち 」に求められるのは、観客に“ 適度 ”な感情移入を訴求しながら、物語の流れを阻害せずに、“やられる”ことですが、このバランスを取るのが非常に難しい。
故に、実は、演技の幅を見せるチャンスで、ここでその演技が注目され、その後、スターになる例が少なからず存在するわけです。もっとも、氷山の一角の、小指の爪の先くらいの確率ですけれども。

代表例は、以前、このコラムでも紹介した、“ ジョニー・デップ ”がそうですし(第21回参照)、女の子とイチャイチャしているイケメンは残酷に殺される、という定型の元祖である、“ ケビン・ベーコン ”がいます( 13日の金曜日 )。

後に、オスカー受賞者になった人も大勢います。
「 エルム街の悪夢3」には、“ パトリシア・アークエット ”(モーフィアスも出ている。細い!)。
“ レニー・ゼルウィガー ”と“ マシュー・マコノヒー ”は「悪魔のいけにえ/レジェンド・オブ・レザーフェイス」で共演。
まだグレイヘアでない頃の“ ジョージ・クルーニー ”は、「ハイスクールはゾンビテリア」という、明らかに、“ シンディ・ローパー ”の1stシングル「 ハイスクールはダンステリア(Girls Just Want to have Fun)」をパクったと思われる邦題の映画だけでは飽き足らず、「 アタック・オブ・キラー・トマト 」にも出演。
他にも、“ レオナルド・ディカプリオ ”“ ヒラリー・スワンク ”“トム・ハンクス ”“ ジェニファー・ローレンス ”“ ヴィゴ・モーテンセン ”“ クロエ・グレース・モレッツ ”“ ジュリア・ロバーツ ”etc…

こんなに沢山の有名な俳優たちが、こんなに沢山のホラー映画に…と、驚かれたことでしょう。


こういう、思いがけない所で、思いがけない発見をすることを「イースターエッグ」と呼ぶようです。


ワインの世界の「イースターエッグ」といって、一番最初に思い出すのが「ロス・ヴァスコス」です。
これは、元々チリのワイナリーなのですが、ラベルを見ると五本の矢と「 R 」の文字をモチーフにしたデザインのマークが。
そう、彼の有名な、ロートシルト家の紋章「伝統と上質の5本の矢」です。
ヨーロッパの一大財閥で、日本では、ロスチャイルド家、と言った方が、通りがいいかもしれません。
ロートシルト家は、ワインも手掛けていて(ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト・ラフィット)、代表作は、もちろん、ボルドー地方メドック地区公式格付け、グラン・クリュ第1級の第1位である「シャトー・ラフィット・ロートシルト」です。

そんな名門が、ワイン事業の世界展開の一環として選び、取得し、経営を始めたのが、この「ロス・ヴァスコス(旧名ビニャ・ロス・ヴァスコス)」でした。

コンセプトは、ずばり「チリでフランスワインを造る」こと。
チリワインといえば、とかく「コスパが良い」ということが喧伝されます。
これは、主に人件費(早速、出てきましたね)です。
つまり、人件費がヨーロッパ諸国と比べて格段に低いため、例えば、同じ価格のワインでも、よりグレードの高いワインを楽しむことができます。

これは確かに事実です。

しかしながら、チリワインの魅力をその一点のみで論じるのは間違いです。
まず、チリという国はワイン生産者にとって夢のような土地で、葡萄栽培に地球上で最も適している、というNASAの報告(すいません、どうしても出典が確認できないのですが、10年程前に確かにそんな記事を読んだ記憶があります。気候と土壌に関しての記載があった気がします)があるくらいで、極端なことを言えば、誰でも、簡単に、良質な葡萄を育てることができる土地柄らしいのです。

事程左様に、比較的容易に、ワインに適した葡萄を育てられるのは良いことですが、そんな恵まれた環境に寄り掛かり、割と安易なワイン造りをする所もあり、ともすれば「 チリワインは要は濃いだけだろ 」と、口さがない意見を聞くこともありますし、時にそういったワインに出会うことも、また事実です。

そこで、ロートシルト家は、彼の地に、本国からバリバリのテクニカルアドバイザーを送り込み、品質の向上に勤めました。
それまで足りなかった経験と技術と設備は、同社がいずれも提供できる状況にありましたから、ワインが劇的に変化しました。
それは一言で言って「エレガンスさ」です。
それこそ、ただ濃いだけのワインだったのが、複雑性を帯びて、尚且つ、味わいのバランスを取ることにより、エレガンスが生まれました。

これが本当の「チリでフランスワインを造る」という矜持の結果でしょう。
『 ロス・ヴァスコス 』を一通り飲んでみると、もちろん、上級キュヴェである、“ グランド・レゼルブ ”も素晴らしいのですが、より真価を見せるのは、案外スタンダードな“ カベルネ・ソーヴィニヨン ”だったりします。
何行か前に、チリワインは決して「コスパが良い」だけじゃない、と書いておいて何ですけど、本当に「 コスパが良い 」ですね。
比較的お求めやすいこの価格で、この味とクオリティは、ちょっと他の国のワインでは考えられないです。

もちろん、これが偉大なワインだ、というつもりはありません。
価格が100倍違う“ シャトー・ラフィット・ロートシルト ”に、匹敵する、などと、大言を吐くつもりもありません。
ただ、普段使いで、これだけのワインを楽しめるのは、やっぱり幸せだなと思います。


“ BAR TRIBECA ”オープン前で働いていた、それぞれタイプの違う、直近三件の店で、いずれもこのワインがオンリストされていたのは、もちろん、コストパフォーマンスもありますが、使い勝手の良さ、特に、ある程度自己主張しつつも、料理と合わせやすい、という、柔軟性を兼ね備えているからだ、と思います。

それは、ホラー映画における観客にストーリーを邪魔することなく、それでいて、しっかりと印象を残す絶妙のバランスを持った「 犠牲者たち 」の素晴らしい演技と、どこか似通ったものがある、と感じてしまいます。

そういえば、“ ロス・ヴァスコス・カベルネ・ソーヴィニヨン ”は、“ BAR TRIBECA ”の記念すべき一杯目のワインでした。

お客様からは「しっかりとした赤ワイン」というオーダー。
もっと重いタイプのワインもありますし、果実味が強いタイプも、ピノノワールらしからぬピノノワールもありましたが、そのときは、このバランスの良さを第一義にして選んでみました。
もちろん、お客様の好みというものは、それこそ千差万別ですから、とりあえずの試金石的としてという意図もあったのですが、「 美味しい」と言って、おかわりをを頼まれ、グラス内で「 どうもニュアンスが変わって気がする」(空気に触れることによってワインが開いた状態へ。グラスはリーデルの大振りのグラス)と、おっしゃって3杯目。
そのまま「 もう今日はこれでいきます 」と、結局、お一人でボトル1本空けて帰られました(少々お手伝いいたしました)。

当店にとっても、このワインは、思い出深い、大切なワインになりました。
何事も大事なのは、バランスだな、と、ホラー映画を観たり、ワインを飲んだりしながら考える、今日この頃です。



“ BAR TRIBECA ”では、

ワインはしっかり目が好みの方には、

まずは、こちら〈 ロス・ヴァスコス 〉から。


物足りなかったら…、飲みながら一緒にゆっくり考えましょう。




DAMN GOOD WINE !


2021.4.1

第22回  (後編)


 

ワインバーの店主は如何にして2ヶ月半で18.5Kg ヤセたのか?

~ 後編 ~



[ 前回のあらすじ ]

ある日、自己最重量を記録してしまったワインバーの店主は減量を始める。

艱難辛苦(かんなんしんく)、色々ありまして15kg減まで成功したが、そこで何をどうやっても、ヤセなくなってしまい彼のとった行動は…!?


おかしい...
カロリーも抑えているし、運動も続けていて、計算上はもう1~2kg落ちて良いはずなのに、丸々1週間、57kgから変化なし。
これは一体どういうことでしょう?

考えてみれば、その時点で、減量を始めてから、摂生と運動で15kgヤセている事になります。

という事は、つまり、段々体が少ないカロリーで活動する、という、その状況に慣れてしまい、代謝が落ちている、というのが、その理由のようです。
言ってみれば、体が「 燃費の良い状態 」になっています。



こんな時には一度、大量のタンパク質と炭水化物を注入して、代謝を一時的に上げる必要があります。
いわゆる「チートデイ」というやつです。

お正月以降、1ヶ月間、常に「 腹六分目 」以下の分量の食事で、肉類はボイルした鶏のささ身か、胸肉しか食べてませんし、朝の少量の炭水化物を除けば、ほとんど毎日、豆腐と納豆で生きてきた、と言っても過言はありませんから、楽しみでしょうがなかったです。



スーパーに行き、マイケル・ジャクソンの買い物のように、もう手当たり次第、何も考えずに好きなものを買って、大量の白飯と一緒にバクバク喰らいました( 唐揚げを口に入れたときは泣きました。他に食べたものは豚しゃぶ、鰤の刺身、卵かけご飯に釜揚げシラス、茹でた野菜 )。それはもう、ものすごい充足感・満足感でした。


そういえば、その日は走っている時に、どうも手足の先が冷たいままだったのですが(今から思えばこれは危険信号 )、食事を終えると体中がポカポカして、エネルギーが充満しているのがわかります。

BAR TRIBECA からの帰り道、何だか無性に体を動かしたくなり、二つ前の駅で降りて、歩いて帰ってしまいました。それでもまだ歩き足りないくらいでした。

翌日に体重を計ってみると、思ったより増えていなくて1kgだけ.。食事も運動も元に戻すと、1日で戻りました。

それからしばらくは、走っていても、体の代謝がぐっと上がった実感がありました。



その証拠に2日後、待望の1kg減で57kgの壁を突破し、更にその翌日、計算上は、まだまだのはずなのに、また1kgヤセて“ 55kg ”に。


いよいよゴールが見えてきました。


こうなるともう「 走り出したら止まらない! 」とコンボイ状態。

連日35kmオーバー走り、一度などあまりにも調子が良かったので43km、つまりフルマラソンの距離を走ってしまいました。しかもタイムは10年前よりも速い!


55kgを割ったので、ご褒美に再度「チートデイ」(1週間振り)。
今度はステーキ1kgに挑戦し、難なくクリアして( 毎日がチートデイだったら大変なことになりますね )、ラストスパート。



最後は、もう実にあっさりと“ 53.5Kg ”になりました(これでようやく制服が着られる)。


減量開始から2ヶ月半、75日目の出来事でした。



今回、減量するに当たって、色々調べてみたのですが、まあ出てくる、出てくる、色んなダイエット方が。
時にまったく正反対の方法だったり、これはどうなんだろう?と、首を傾げるものもあったりしました。
スタート時の体重・体脂肪・それまでの運動歴など、相当個人差があるでしょうから、一概に必勝法のようなものは言えないのですが、一つだけ確かな事は、

『 消費カロリーが摂取カロリーよりも多ければヤセます。』


具体的には体脂肪1kg落とすのに7200kcal程余計に消費すれば良い。

これだけは絶対です。

だから結局、摂取カロリーの計算と運動。何も考えずこれしかしませんでした。



…さて、減量中はワインを飲んでいたのか?

実は飲んでいました。しかも毎日きっかりボトル半分。

どんなダイエット本を読んでも、ダイエット期間中に飲酒は勧めないと思うのですが、個人的な意見を言わせて貰えば、飲んだ方が良いです。

というのは、減量の最大の難関は「 夜にお腹が空いて眠れない 」事だと思うからです。

睡眠不足では、減量どころか生活のリズムが狂ってしまい、日常生活に支障をきたしてしまい、挫折のきっかけになってしまう恐れが、多分にあります。

それだったら、アルコールを一種の睡眠誘導剤にするのも、一つの手です( それでも二度程夜中に起きてしまった。もちろん空腹で )。

ただ“ おつまみ ”は一切食べませんでした。
いつもなら、ワインを飲む時には、少量でも何か用意するのですが、この間はワインだけと対峙していました。

そのような飲み方は普段していなかったので、新鮮で、何かワインの味そのものが、よりスペシフィック( 明確 )に感じられて、新たな発見もあったような気がします。

でも、減量を終えた今となってはやっぱり“ おつまみ ”はあった方が良いですね、正直なところ。



“ BAR TRIBECA ”では、

グット・シェイプになった店主が、正装でお待ちしております。


特に去年お会いしたお客様と再会するのが楽しみです。 





DAMN GOOD WINE !?
 

2021.3.18

第22回  (前篇)


ワインバーの店主は如何にして2ヶ月半で18.5Kgヤセたのか?

~ 前編 ~



注:今回のワインに関するコラムは、いささか個人的忘備録のようなものになりますので、悪しからず。ワインの話は後編の最後に少しだけ出てきます。



去年の“ BAR TRIBECA ”オープンに際し、一つ心残りであるとすれば、それは「グットシェイプ」に仕上げられなかったことです。何もかも一人でやっているため、思っていたより様々なことで時間が掛かってしまい、体型・体重管理まで手が回らなかった、という事情もありました。


しかもその後、二ヶ月が経過して、会う人、会う人の度に「太ったんじゃない?」と言われて、恐る恐るとそれまで避けていた体重計に乗ってみると、自己最重量の72Kgまで太ってしまい、思わず「ぎゃあ!」と、叫んでしまいました。道理で制服がキツかったわけだ。

ちなみに身長は168cmです。


これでは素敵で二枚目( ?)のマスターのイメージが台無しです。

重い腰を上げて(実際に重かった)、減量を決意しました。


実のところを申し上げると、もともと大食大飲で太り易いタチなので、これまでにも何度も「ぎゃあ!」と、叫んでは運動(ジョギング)と食事制限でヤセてきたので、それなりにやり方は心得ているつもりです。

妹の結婚式のときも15Kgヤセたこともありました(写真が一生残るので...)。


目標は53.5Kgまで落とす事。この数字に深い意味はありません。「あしたのジョー」の矢吹ジョーの体重(バンタム級)だから、というのと、二十歳の頃の体重が丁度53.5Kgだった、という実に安易な理由です。とはいえ、ボクシングでいうと、ミドル級( 村田諒太 )からバンタム級( 井上尚弥 )まで、実に8階級制覇しなければいけませんから、なかなか大変な数字です。


まずは食事制限と軽い運動から始めました。


カロリー計算をして、一日の摂取カロリーを1300kcal以下に抑えます。大体いつもの三分の一くらいの量です。その際に特に留意したのは炭水化物。白米は抑えが効かなくなるので食べない( 一ヶ月は口にしなかった )。ラーメンは禁止。パスタは分量を調節し易いので時々。基本は野菜と豆腐ときのこ類とスープが中心でした(この時期は果物は摂らない。スイーツなどはもってのほか。)

運動の方は、効果的とされる有酸素運動として、ジョギング( 元々走るのは結構好き。フルマラソンも走った事がある )。ただ、ここで気をつけなければいけないのは、いきなり長い距離を走らないということ。というのは、一度大きい失敗をやらかした事があるのです。

やはり減量を誓ったある時、初日から張り切って2時間以上走って、いきなり股関節と膝を痛めてしまい、しばらく走れなくなった事があったからです。

ですから、初めはごくごく軽く、一時間程度走るだけに止めます。


これだけでスルスルと一日1Kgペースで落ちていきましたが、これはヤセたというより、体内にそれだけ未消化の食物を抱え込んでいただけなのでしょう。

4Kg落ちたところで下げ止まりました。

ここからが本当のスタートです( 68Kg )。


次の段階では、足が走ることに多少慣れてきたので、徐々に距離を伸ばし、摂取カロリーを一日1000kcal以下に抑えました( 超低カロリーの白滝が大活躍しました )。

正直、食事の後でさえも満腹感はありませんが、ここは堪えどころです。

この2週間はさすがに一日1Kgペースというわけにはいきませんが、一週間で2Kgペースで落ちていきました。

多少体が軽くなってきた気がします( 64Kg )。


ここで少しペースダウンします。
低カロリーの食事に飽きてきたのと、連日15km以上走っていたので、終始筋肉痛に( 駅の階段の登り降りも苦痛だった)。そこで、摂取カロリーを主にパスタで少し増やして、1500kcal程度まで引き上げ( 運動前に炭水化物を入れておかないとバテる )、週に一回、運動の休養日を設ける事に。

1週間で1Kgの減量ペースで、2Kg減したところでお正月。

これで10Kg落としたことになります( 62Kg )。


お正月は、当コラムでも書いたように、お節だ、お雑煮だ、すき焼きだ、と、結構食べてしまったので3Kg太ってしまいましたが、これも体内に食物を抱え込んでいるだけだったのでしょう。食事と運動を戻すと、一週間で体重はすっと戻りました。


ここまでは、どちらかというと、摂取カロリーを調整する事を主眼としてきましたが、ここからは、消費カロリーの方を重点に置くように切り替えます。


この段階では、もう足は完全に出来上がっていて、相当長い距離を走れるようになっています。

それまで、1時間半から2時間弱程度だったジョギングを、3時間以上まで伸ばし、最終的には4時間超えまでいきました。距離にすると30km以上走っていることになります。

食事に関しては、気をつけるのは、カロリーよりも、食べる物とタイミングです。

運動前は、炭水化物や脂質を積極的に摂り( 納豆ライスとパスタを交互に。時々ピザも食べていました )、運動後は、動物性タンパク質( ボイルした鶏のささ身か鶏胸肉 )と果物( 林檎が多かったです )、夜はもう体を動かさないので、植物性タンパク質( 豆腐や納豆。白飯は食べない)と野菜。そんな具合です。

3日で1Kgペースで体重が落ちていきました( 57Kg )。

この頃からハッキリと見た目に変化が出てきて、お腹がかなりへっこんできて、顎の辺りがシャープになってきました。


もう一踏ん張り!といきたいところですが、ここで問題が発生しました。

57Kgから体重計がピクリとも動かなくなってしまったのです...


次回に続く…。

2021.3.12

第21回


シンデレラは眠れない 

〜 パンとバターのワインの話 〜



CINDERELLA(cinderella)/sìndərélə/n.1.A very very beautiful young woman who was found by the Prince and lived with him happily ever after.
2.An American Hard Rock band in 80's. 

                  American Heritage Dictionary

New College Edition



俳優のマイケル・ファスベンダーは、いつでもどこでも涙を流せるそうです。しかも右眼だけでも左眼だけでも自由自在というから驚きです。
ちなみに、もし泣きたいときには、リブートされた「スター・トレック」(2009年度版)の冒頭がお勧めです(「カールじいさんの空飛ぶ家」の冒頭でも可 )。
主人公のカーク船長の父親が、12分だけ宇宙船の艦長になり、自分を犠牲にし、カークと出産直後の妻を含め、800人の命を救いました。その際、妻と最期の会話を交わすのですが…、ここで毎回泣かされてしまいます。
年齢を重ねて涙もろくなったのでしょうか。
違うと思います。
ほとんど同じ展開の話なのに「SPACE BATTLESHIP ヤマト」ではきわめて冷静ですから。
思うに、多分それは、同役を演じたクリス・ヘムズワースの力だと思います。
彼は当時まったく無名でしたが、5分程度のスクリーンタイムで一躍脚光を浴び、その2年後には「 マイティ・ソー」で主役を勤め、その後の活躍は、ご存知の通りです。
端役で注目されて、その後スターになった例は、他には、メグ・ライアン(「トップ・ガン」で撮影は二日間だけの主人公の親友の妻という小さな役だったが、得意の“ 笑い続ける役 ”と“ 泣き続ける役 ”で実に印象に残る演技を見せ、後に“ ラブコメの女王 ”と、呼ばれるほど人気を博し、日本のCMにも随分出た)や、ジョニー・デップ(「エルム街の悪夢」で主人公の恋人であっさり殺される役でデビュー。ちなみに、当時は俳優経験がまったく無く、同役も他の人物が決まりかけていたが、ティーンだった同作の監督の娘とその友達が彼を強く推薦。理由は“ 格好いいから ”。まあ納得…)などがいます。


ワインの世界でも一夜にして注目を集めた「シンデレラワイン」が存在します。それが今回紹介する、

『 ブレッド&バター・シャルドネ 』

です。

ワイナリー設立から僅か二年で、当時の大統領だった、オバマ大統領のランチミーティングで、やはりまったくの無名でありながら選ばれて、その高品質に誰もが驚き、いきなり高い評価を得てしまったのです。

個人的にもこのワインとの出会いは鮮烈でした。
ある試飲会で初めて飲んで、“ 目が覚めるような思い ”になったことをよく憶えています。
試飲会に行くと、大抵50種類以上のワインを飲む(本当は味を見るだけで飲み込まないのですが、どうも貧乏性なのか、余韻を確かめたいという言い訳で全部飲んでしまう…)のですが、もうダントツに美味しくて、大変申し訳ないのですが、その後に飲んだワインは、その印象がありません。
正に「 ブレッド&バターが通った後にはぺんぺん草も生えない 」といった感じでした。
とにかく、その日は「 ブレッド&バター」という名前だけ覚えて帰りました。
そして、自分で店を開くときには、「 絶対にこのワインをオンリストしよう!」と固く誓いました。

月日はしばし流れ、去年晴れて“ BAR TRIBECA”をオープンすることが出来て、‘いの一番’にこのワインの購入を決めました。

お客様の評判も予想通りで、皆様一様に「 美味しい!美味しい! 」と目を輝かせて、楽しんでいらっしゃいます。
去年、当店で一番出たワインでもあります。

「ブレッド&バター・シャルドネ」の特徴を一言で申せば、その「 芳醇さ 」にあります。
南国系の果物を思わせる果実味に、樽熟に由来する香ばしい風味が重なり、それでいて適度な酸とミネラル感がしっかりと引き締めて、心地良い余韻を残します。
それにしても、ブレッド&バターとは上手いこと言ったもので、焼き立てのパンにバターをたっぷり塗ったような濃厚さをたたえたワインで、正に「 名は体を表す 」ぴったりのネーミングだと思います。


“ BAR TRIBECA ”では、『 ブレッド&バター・シャルドネ 』

を常備しております。

大振りのグラスでゆっくりたっぷりお楽しみください。



DAMN GOOD WINE !


2021.3.5

第20回


ワインで落語 Vol.1 

親子酒REMIX  ~ 金原亭馬生に捧ぐ ~



注:今回のコラムは、もしご存じでしたら、金原亭馬生の口調で読んでください。楽しさ倍増のハズです。



大酒飲みの商人の親子。これではいけないと一念発起し二人で禁酒を誓う。

若旦那の方は外に出かける用事もあり、まだ気が紛れるようですが、特にすることもなく、日がな一日退屈している大旦那の方はそうはいかない。

段々と腹のムシがうずいてきて…
「 
婆さん、今日は随分冷えるね。
こういう時はこう、身体を中から温める飲み物が飲みたいねぇ。
何?葛湯(くずゆ)を入れましょか。
いや、そういうんじゃなくて、ホレっわかるだろ。
わかりませんって。
またそんな意地悪して。
ちょっとこういうカタチで…(グラスを傾けるしぐさをする)。
わかっているよ。
倅と約束した。
ええしましたよ。
だけどあいつはいいよ。
まだこの先がある。
でもこっちはそういうわけにはいかないでしょう。
いつお迎えが来るかもわかんない明日も知れぬ身ですよ。
そこら辺を少し考えてくれなきゃ困りますよ。
じゃあもう今日は拝んじゃう。
婆あ大明神!
え? お酒がありません。
ないことはないでしょう。
酒蔵に舶来の値打ち物の葡萄酒がいくらもあるでしょ。
料理で使いました…。
お前は何てことをしてくれたんだ。
あれだけ集めるのにどれだけの`おあし(金)´と時間を掛けたか。
道理でここんとこ煮込み料理が多いと思ったよ。
それがまた旨かったから腹が立つ。
まったくお前という女は…、女の浅知恵、赤坂見附。
何? まだ一本だけあります?

ロバート・モンダヴィ

でかした!さすがお前! 年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せと言うけどその甲斐があったなあ…。
ここに持ってきなさい。
グラス? いらない。
この湯呑みでいい。
いや、そうじゃないよ。
もうそろそろ倅が帰ってくるかもしれないだろ。
そんときにこの湯呑みで飲んでいたらお茶を飲んでいるように見えるだろ。
…悪知恵じゃないですよ。
人聞きが悪い。
こういうのを生活の知恵って云うんですよ。
何だい、そんな怖い顔して。
だから一杯だけだよ、ほんの一杯だけ飲んで腹のムシが治まればそれでいいんだから。
心配ないって。
こちとら長年の酒呑みです。心得ていますよ。
ああ、すまないね。
美人のお酌だと葡萄酒がなお旨そうだ。上手いこと言ったわけじゃありませんよ。あたしは嘘がつけない性格ですから…。
ありがと。
ちょっと酒瓶を隠して、隠して。
よし、これで安心だ。
それではさっそく( 湯呑みの酒を飲むしぐさをする )。
いや~、たまらん、タマランチ。
今ねえ、胃袋が喜んでいるよ。
もう再会できないと思っていたところに、突然『こんばんわ』って入ってくるから驚いているよ。
あれっ、お婆さん。
この葡萄酒はちょっと少なかったんじゃないか、もうないですよ。
これだとちょっと具合が悪い。
ん? 約束した? ええ約束しましたよ。約束したけど…、一杯だけっていうのは殺生だよ、お前。
わかった、もう一杯だけ。
それでやめるから。
男に二言はない。
ないから今度はもっとそう…もうちょっと多めに注いでもらって、ああいいね、いいね。
やっぱり美人のお酌で…。
何回も言わなくていい? そう冷たいこと言うなよ。
女房と葡萄酒は古い方がいいって云うだろ?
言いませんって、まったく洒落のわからない女だね。
大丈夫、今度はゆっくり飲むから。
ふぅー。
しかし何だね。
南蛮渡来人ってのは大したもんだね。葡萄酒なんてこんな素晴らしいものを造って。
それでいてこんな素晴らしいものを禁止していた国があるっていうからどうかしているよ。
それを禁止していない国なのに自分からやめるなんて…、やれやれつまんない約束をしちゃったもんだよ。
でもまあ、それもこれもみんな倅のためですよ。
あいつはいずれ酒でしくじるよ。
だからそうならない様にと、親心で…。
だけどお前にこんなことを言うのも何だけと、親なんてものは嫌なもんだな。
あれがまだ小さいうちは病気がちだったろ。熱が出たといえばオロオロして。
ほら、一度なんか夜中にあいつを抱えて先生のところまで駆け込んだこともあったろう。
それを何か今では図体ばかりでかくなりやがって、一人で大きくなったみたいな顔して…
もう親はやだ。
つくづく嫌になった…
生まれたときに『おとっつあん!』って言って父親にして育てれば良かった…
何を馬鹿なことをってお前はそう言うけどさ、あっ、もういいですよ、あとは手酌でやりますから。
おまんまの支度があるんでしょ

そういう具合にさり気なく酒瓶を手元に引き寄せて、そのまんま全部空けて、しまいには、
「婆あ、酒持って来い!」
なんて言い出す始末で…。

何?どうした?倅が帰ってきた? 大丈夫です。
こちとら長年の…、さっき言った?
ああっ、倅や、お帰り。ご苦労様。寒かったろう。
こっちに来て…、あれ?お前、顔が赤くないかい。
飲んでません ってこっちが訊く前から言うとは、さては飲んだな、お前。
おとっつあんの目はごまかせませんよ。
まったく、お前ときたらどうして酒なんか飲むんだ。
あれほど約束したろ。
もう飲まないって。
やれやれ、親の顔を見てみたいものだ


すいません。
得意先の主人に『キリストの涙』(ラクリマ・クリスティー)だから大丈夫だと騙されて…。
思えば葡萄酒のような味がいたしました。
あいすいません。
あれ、おっかさん!
おとっつあんが寝ちまってますよ。
懐に葡萄酒の瓶を抱えて…


お粗末さまでした。




“ BAR TRIBECA ”では、湯呑みでもワインが飲めます。

もし誰かと禁酒の約束をしていたら…


DAMN GOOD WINE !


 

2021.2.25

第19回



親 子 酒 

~ ロバート・モンダヴィに捧ぐ ~


去年、延期になっていた市川海老蔵の團十郎襲名は、今年こそ、とり行われるのでしょうか。
こんな事を云うと、年がバレるのですが、先代の襲名した時をうっすらと覚えております。
四方に響く綺麗な大きな声と、大きな目の「 睨み 」が大変印象的で、ああ、これは確かに風邪を引かないな、と、妙に納得してしまいました。

海老蔵は、親子だけあって、顔立ちも似ており、目も大きいので「 睨み 」に、大いに期待したいものです。

歌舞伎役者の場合、親子で風貌や容姿が似ている場合が多く、子が親の十八番をそのまま引き継ぎ、また、贔屓筋もそれを期待して「 先代とそっくりだ 」と、目を細めたりしますが、同じ伝統芸能で、世襲が多い落語界の方は、むしろ親とは違った特色を持つ噺家の方が多いように見受けられます。


一例を挙げれば、父・古今亭志ん生、長男・金原亭馬生、次男古今亭志ん朝。
この三人は、それこそ三者三様であり、顔立ちもあまり似ておらず、それぞれがまったく違った芸風でありながら、三人とも凄い!という、それこそ金字塔のようなファミリーでした。


志ん生は、存在そのものが落語のような、昭和を代表する噺家で、関東大震災の際に家族を置き去りにして、酒屋に駆け込んで、酒をたらふく飲んで、女将さんに怒られたり、晩年、高座で心持ちが良くなってしまったのか、噺の途中で眠り込んでしまったら、観客の方が「 寝かしておいてやれよ 」と、そのまま落語になるようなエピソードに、事欠かない名人でした。


馬生は、たっぷりと、ゆったりとした、何とも言えない味のある口調が特徴で、この人の「 親子酒 」は、とにかく絶品です。個人的には人生で最後に聴く落語はこの人がいいなあって思っています。


志ん朝は、とにかく口跡のはっきりとした爽やかな江戸弁が聴いていて心地よく、いつまでも聴いていられる。小三治・談志と共に、落語界を牽引する実力者だっただけに、早世が悔やまれます。志ん生の名称を継ぐ話もあったようです。


ワインの世界はどうでしょう?

もともと、一族経営が多い業界ですので、親子でワインを造り、ワイナリーを経営しているケースも数多くあります。
有名どころでは“ カリフォルニアワインの父 ”と呼ばれる「ロバート・モンダヴィ」のファミリーがその代表例でしょう。

以前、このコラムで触れた、カリフォルニアワインの隆盛( 第2回参照 )のきっかけを作ったのは、この人で、カリフォルニアの地で、ヨーロッパの高級ワインに負けない、高品質のワインを造ることに生涯を捧げた、“ カリフォルニアワイン界の巨人”です( 実際に背も高かった!)。

彼の特色の一つは守備範囲の広さでしょう。
多種多様な葡萄を使うのはもちろん、そのクオリティも幅が広く、リーズナブルなテーブルワインから、超高級ワインのオーパス・ワンまで、消費者のそれぞれのニーズに合ったワインを揃えています。

さらに言えばワイナリー経営にマーケティング戦略を組み込んだ販売を取り入れたのも、彼の功績でしょう。


ワインコンサルタントの第一人者であるミシェル・ローランの言葉を借りるなら、「この業界でロバート・モンダヴィの名を知らない者がいたら、その人間は ‘ モグリ ’だ 」ということになります( 映画「モンドヴィーノ」より )。



現在、彼の息子たち、そして孫までも、それぞれのブランドでワイン造りにいそしみ、偉大なる先達に挑んで、高い評価を得ているようなので、こちらにも注目です。



“ BAR TRIBECA ”では、

そのものズバリ!

『 ロバート・モンダヴィ』

をオンリスト。

彼の地のしっかりとした果実味と確かな技術をお楽しみください。



DAMN GOOD WINE !


ご卒業、ご就職、ご結婚等を機に、親子でのご来店も心よりお待ちしております。




2021.2.19

第18回


今更訊けないワイン基礎講座 :vol.1

〜 “ シャトー・何とか ”ってワイン多くない? 〜


何度か足をお運び頂いている噺家さん( 第8回・第9回参照 )。

この方がお見えになるときは、ワインに関するお悩みがあるようで、その日もやっぱり…



「 初デートで頼んだ、シャとー・か口……?」

「 シャトー・カロン・セギュール 」

「 よく覚えられるね。ワインの名前はどうも覚えられない 」

「 簡単な方ですよ。シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドとかありますからね 」

「 何それ? 早口言葉? 」

「 でも、職業柄、覚えるのは得意なんじゃないですか? 寿限無の方がよっぽど難しい。 ~ 寿限無、寿限無、五却の擦り切れ、海砂利水魚の、水行末、雲来末、風雷末、喰う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンコポピーのポンポコナの、長久命の長助 」

「 言えたじゃん 」

「 コピペですから 」

「 は?」

「 いえ、こっちの話です。それでシャトー・カロン・セギュールがどうしました? 」

「 うん。最初に意気揚々とあんなワイン頼んじゃったから彼女、すっかり僕のことワイン通だと勘違いしちゃってさぁ 」

「 正直に、ワインは詳しくない、と言えばいいのでは? 」

「 男のつまらない見栄でござんしてねぇ 」

「 わからないでも、ないですけど…」

「 でしょ。今更ワインリスト見せられても、何にもわかんないなんて、言えませんよ。こないだも、当てずっぽうで頼んだんだけど、外れだったみたいで、彼女も一応『美味しいよ』って言ってくれたけど、顔は全然そう言ってなくてさ 」

「 美味しいと楽しいって隠せない、って言いますからね 」

「 本当そうだよ 」

「 それでその時は何を頼んだんですか? 」

「 覚えてない。シャトー何とか…。それにしても、ワインってシャトー何とかって多いね 」

「 それは多分、ボルドーのページを開いていましたね。シャトーってフランス語でお城の意味なんですよ。昔は城の領主くらいの資金力を持っている有力者だけがワインを生産していたので、その名残です。ですから、今は必ずしも、城を持っているわけではないですけどね 」

「 ブルゴーニュはまた違うの?」

「 ボルドーとブルゴーニュは、成り立ちから造り方、名称やルールまで、国が違うのか、というくらい違います 」

「 色々、複雑なんだね 」

「 ですね。ただ、とりあえず、ボルドーの方は簡単です。一つの畑に対して生産者は一つですから、例えば、シャトー・カロン・セギュールは、一つしかありません。しかしながら、ブルゴーニュの方はそうはいかなくて、例えば、一口にシャブリと言っても沢山あります  」

「 赤ちゃんが沢山いるの?」

「 はい?」

「 そんなに沢山のおシャブリで… 」

「 お後が宜しいようで 」

「 あっ、そうか。もう8時だから今日(2021年2月8日)も終わりか...」

「 お気遣いありがとうございます 」

「 これからもワインについて今更訊けないことを教えてよ 」

「 喜んで 」



DAMN GOOD WINE !


“ BAR TRIBECA ”では、もうしばらく、20時までの営業になります。


お客様におかれましては、ご不便をお掛けいたしますが、何卒、宜しくお願い申し上げます。 

2021.2.12

第17回


The Times They Are a-Changin´ 

〜 時代は変わる 〜


ご多分に漏れず音楽を「 円盤 」で聴かなくなりました。

最後に買ったCDはエミネムのベスト盤でしたけど、それだってもう15年以上前のことです。

今では、それこそ古今東西あらゆる好きな音楽が自宅にいながらにして、簡単に聴くようにできるようになり、もちろん、それは夢のように素晴らしいことですが、あまりにも手軽過ぎて、以前よりも熱心に音楽を聴かなくなってしまった様な気もしています。

ノスタルジーかと思われるかもしれませんが、昔はCD(もしくはレコード、もしくはカセット)を買ったら、一曲、一曲、入念に聴き込み、曲順もメロディも歌詞もすっかり憶え込む程。

その情熱も半端なかったです。


昔、スキッド・ロウというバンドがいて、ウェンブリー・スタジアムでコンサートをした際、当局から「 Fから始まる四文字言葉 」の入った曲はやってはいけない、というお達しを無視。( しかも夥しい数の「Fから始まる四文字言葉」を交えながら、その通達文章を読み上げ罵倒)

堂々と同曲を演奏し、ウェンブリー・スタジアムから出入り禁止を喰らった、という記事を、当時、音楽雑誌で読み、その姿を想像するだけでした。

そして、その後その模様が丸々入ったCDが、イギリス版のEPにあると聞き、狂喜しました。

ただ、普通のCDショップには売っていないので、輸入CD屋をしらみ潰しに廻り、ようやくの思いで買って、聴いた時ときたら……、苦労しただけに、その感慨もひとしおでした。


ちなみに、今ではその模様は、パソコンをちょいちょいとすれば映像付きで見ることができます。
いいといえば、いいんですけど…。

もう、あの時に感じたような気持ちには、永遠になれませんね。やはり、自分の足で苦労して探し当てた物には、格別の思いがあります。



ワインでもそうです。

買おうと思えば、何でもネットで買えるけど、逆に選択肢が多すぎて、「 さて、何を買ったらいいのか?」途方に暮れてしまうことは、皆様もよくあることと思いますが、それは、ワインバーの店主とて同じことです。


だから、ネットを漁るだけでなく、インポーターが持ってくるワインをただ待つのではなく、今でも、割としばしば、自分でワインショップに足を運びます。

顔見知りになった店長と、あれやこれや相談して買ってみて、飲んでみて、美味しかった時は、もう本当に自信を持って、お客様にお勧めできますね。( やっぱり、紹介文だけじゃ わからないです )



そんな風にして、探し当てたワインに、『 フォン・ウィニング 』があります。名前からして、ドイツっぽいのですが、ドイツ産のピノノアールを使った赤ワインです。

口に含むと、まず驚かされるのが、その“ アタック ”。

繊細なピノノアールにしては、何というか、やや荒々しいのです。

それでいて、いわゆるニューワールド(欧州以外の国で、欧州の葡萄を使ってワインを造り始めた国や地域 :アメリカ、チリ、オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン、南アフリカ、カナダ、日本等)の、果実味が強いのとは、また違っているのです。

後味は、まぎれもなくピノノアールなのですが、不思議な余韻と印象を残します。


察するに、ドイツはブルゴーニュにより北ですから、日照時間がかなり短く、葡萄の収穫が遅いがゆえに、熟成がより進んでいるのではないでしょうか。

料理でいうと、強火で一気に仕上げるのでなく、ゆっくりと弱火で火を入れることによって、素材の旨味がふつふつと湧き上がってくる、そんなイメージなのです。


もちろん、このワインもネットで見つけることは容易です。

しかしながら、それは、このワインを知っていて、ピンポイントで探せば、という意味で、広大なネットの海の中で、美味しいワインを探すのは、それほど簡単なことではありません。


確かに、時代は変わり、ワインの探し方も変容していますが、最後に頼りになるのは、結局のところ、自分の足と舌ではないか。

そんな思いを新たにしてくれたのが、この

『 フォン・ウィニング 』

でした。


“ BAR TRIBECA ”では、お客様の〈 新しい発見の一助 〉となることを目指します。


そのために店主は日夜、飲み続けております......



DAMN GOOD WINE !



皆様のご来店お待ちしております。

2021.2.2

第16回


Cool  Hand  Eddy

  ~  ワインを飲んで笑顔に  ~


前回、初めて買ったレコードの話でマイケル・ジャクソンの「スリラー」を取り上げました。

その中の「 Beat It 」で激しい見事なギターを聞かせてくれたのが、昨秋、亡くなった“ ヴァン・ヘイレン ”の天才ギターリストの『 エドワード(エディ)・ヴァン・ヘイレン 』でした。


モータウン出身の黒人歌手のマイケルとバリバリのハードロックのエディ。

今でこそ、他ジャンルとのコラボレイトは珍しくないですが、80年代前半のその意外な組み合わせは、衝撃をもって迎え入れられました。


(“ 意外な組み合わせ ”といえば、エディの訃報に、加藤官房長官が、記者の質問に答える形で談話を発表しましたが、そのコメントが、通り一遍の哀悼の意の表明でなく、実際にロックを聴いていないとできない内容だったので、ちょっとだけ親近感を持ちました)


ヴァン・ヘイレンは計6回来日していますが、そのうちの95年の武道館( この頃のラインナップが一番好きです)に足を運びました。

その時に印象に残っていることが二つあります。


一つ目は、エディのギターソロ。

大抵のギターソロは、長いばっかりで退屈で(ポイズンのCCがその典型で酷評されている)トイレタイムだったり、ビールタイムと、揶揄されることも多かったりするのですが、エディに関しては明らかにそれ(ギターソロ)が目当てで来ている人が多かったようで、武道館がうっとりとエディの手さばきに見惚れ、その織りなす音色に聞き惚れていたのが、ありありと感じられた、ということ。


二つ目は、この日の武道館に限ったことではないのですが、エディはギタリストというか、ロッカーには珍しく、いつも“ ニコニコ ”笑っている、ということ。

それこそ、ギターを弾くことが楽しくて仕方がないギター小僧のように。

そんな笑顔を見ていると、何だかこっちまで嬉しくなってしまいます。



お客様を笑顔にするワインは、何といっても「 甘いワイン 」じゃないでしょうか。

ワインバーには、ワインがそこまで得意でない方や、むしろ苦手な方もお見えになることがあります。


そんなお客様によく『 カルム・ド・リューセック 』をお勧めしております。


これは、いわゆるフランス・ソーテルヌの貴腐ワインというもので、ボトリティス・シネレアという菌を付けることにより、糖度を高めた極甘口のワインです。

もちろん、甘いことは甘いのですが、貴腐ワインの甘さは同時に酸を含んでいるので、いわゆる砂糖の甘ったるさではなくて、‘ キリッ ’と起立していて、舌に心地良く、人を虜にし、思わず笑みがこぼれてしまう、そんなワインです。


お連れの方に、「(明らかに)無理矢理連れてこられた」という感じの女性が、開口一番、「ワインは好きじゃない」と言われたときも、慌てず騒がず「甘いものはお好きですか?」と、お伺いをし、このワインを出した途端「うわ!美味しい!」と、それまでの仏頂面が嘘のように、ニコニコになりました。

そう、ギターを弾ているときのエディのように。


ワイン通の人ほど、とかく敬遠されがちな甘口ですが、色々飲んだ後、最後に“ デザート感覚 ”で楽しむのもまた一興ではないでしょうか。



楽しい時間の締めくくりには、それに相応しいお酒があると考えております。


“ BAR TRIBECA ”では、リューセック以外にも、食後酒も多数ご用意しております。




DAMN GOOD WINE !



皆様のご来店お待ちしております。

2021.1.26  誕生のこの日に哀悼の意を込めて。たくさんの思い出をありがとう!エディ!

第15回


初恋のワインとマイケル・ジャクソン

 〜 今夜はワインナイト 〜


初めて自分で買ったレコードは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」でした。
その頃はグラミー賞授賞式の放映が地上波のデレビであり、番組の最後に14分に及ぶ「スリラー」のPVがノーカットで放送されました。
当時、我が家にはビデオデッキはなく、その放送を見逃したらしばらく見ることはできないので(実際にそのPVの全長版を次に見たのはその二年後)、ちょっと尋常ならざる集中力で画面を見つめていた記憶があります。
それまで歌謡曲くらいしか聞いていなかった小学生が、一気に洋楽好きに振れた瞬間でした。

ワインでも同じような経験がありました。
十数年前に、あるホテルのメインダイニング(フレンチ)で働いている頃のこと。
お店にソムリエはいましたが、“ヒラ”のギャルソンでも毎日お客様にワインを注いでいました。
告白すれば、当時はワインの知識はまったくなく、また興味もありませんでした。“ボルドー”と“ブルゴーニュ”に違いすらよくわかっていないギャルソンが、さも知っている様な“体”でオーダーを取ったり、注いだりしているのですから、本当にヒドイものです。
飲食店で働いていた、もしくは、アルバイトなどをした方ならよくご存じかもしれませんが、仕事の後に「お疲れ」という、軽い宴が催されることはよくあります。その際に余ったワインか何かを飲んだりするのですが、諸先輩方が飲んでいるワインに関して、「重い」とか、「軽い」とか、「フルーティ」とか、「コクがある」とか、話していても、こちとら○△□語の動詞の活用を聞いているのと同様という始末。ハッキリ言って何を言っているのか、さっぱり理解できませんでした。

それがある日を境に激変したのでした。

あるワインの造り手が来日し、そのホテルで試飲を兼ねたディナーパーティーがありました。
料理にその造り手のワインを合わせるのはもちろん、調理の際に使うワインも同氏のもの。
そして会は盛況のうちに終わり、その造り手はスタッフ全員と握手を交わし、自分のワインを一本ずつプレゼントしてくれました。
その時いただいたワインが、『 BIN555 シラーズ ウインダム・エステイト』
これが人生を変えました。
それまで、いわゆる高級ワインを飲んでも(今、思い返してみるとこの頃に“シャトー・ムートン”を飲んでいる!)、特に美味しいとも思ったことはなかったのですが、このワインは素直に美味しいと思いました。
当時は知識ゼロだったので、上手く説明ができなかったのですが、今から思えばシラーズ由来の果実味とスパイシーさのバランスが絶妙で、口当たりが良く、飲みやすく、まろやかさが際立っている…、要するに、それが“自分の舌に合っていた”ということでしょか。

このワインと出会ってからは早かったです。
なぜなら、自分の中で座標軸のようなものが出来てきたからです。

ブラインドで当てられるほど好きな味は忘れませんから、その味に比べて、他のワインが「重い」とか、「軽い」とか、「フルーティ」とか、「コクがある」とか、比較対象することができる様になったのは大きかったです。
急激にワインに対する関心とリテラシーが上がってきました。
そして最終的に、紆余曲折、色々あって(この話は長くなるので、またいずれ...)こうしてワインバーを構えるようになったわけですから、世の中わからないものです。

「カルピスは初恋の味」なんて申しますが、「555」は、言ってみれば「初恋のワイン」です。
もっと美味しいワインも沢山飲みましたが、「555」は、いつまでも心の奥底に残るワインです。
初恋の人がいつまでも忘れ得ぬ存在であるように...。


“ BAR TRIBECA ”では個人的な理由で「555」をオンリストしております。

凝縮した果実味を内包するチャーミングな味わいをお楽しみ下さい。




DAMN GOOD WINE !



皆様のご来店お待ちしております。

2021.1.20
#今回の画像も第13回の画像と同じ素敵なお客様に描いていただきました。最高なスケッチをありがとうございます!

第14回



或の夜の出来事 

~ Sweet  Child  of  Mine ~



「ニルヴァーナがすべてぶち壊しちゃった」


ご来店二度目の女性のお客様。

ご自分で年齢をおっしゃらない限り、決してこちらからは尋ねませんが、お話を伺っていると多分同世代。80年代にポップスやロックをたっぷりと浴びるように味わってきた世代になります。


店内のBGMでマイケル・ジャクソンが流れてから音楽の話になって、あの時代特有の“ 楽しい ”音楽の話の話を、それこそ、尽きせぬ程して、冒頭の台詞をおっしゃいましました。


「( その台詞、どっかで聞いたことあるなぁ…と思いながら )確かにそうですね。彼らの登場で音楽シーンが一気に変わりましたね」

「悪い方にね」

「ええ。それこそみんな右へ倣えで、ダークでヘヴィなオルタナティヴだらけになっちゃいましたからね」

「そう。私はどっちかっていうと、ポップでキャッチーなのが好きだったから、もうガッカリよ」

「そうでしたね。モトリー・クルーもデフ・レパードもスキッド・ロウもそうなっちゃいましたね。パーティーロックの権化みたいなポイズンまでも。ボン・ジョヴィもそのきらいがありましたが、その後、『 It's My Life 』の『 Livin' On A Prayer 2 』みたいな曲で延命しましたけど、あとはもう壊滅状態でしたからね」

「マスター、詳しいね」

「まあ好きですよ。でも、ある程度、時代に合わせるのは仕方ないと思うんですよ。ディスコ全盛の頃はKISSもストーンズもそれっぽい曲やってましたからね」

「そうなんだけど…、私はあれからロックから気持ちが離れちゃった」

「わかります。それからです、ヒップホップを聴くようになったのは」

「エミネムとか?」

「エミネムはもう少し後ですね。それはそうと…、話が変わるようですけど、ワインの世界で同じようなことが一回ありました」

「ダークでヘヴィなワインが流行ったの?」

「いえ、そういうことではなくて…、フィロキセラという害虫が世界中を席巻し、葡萄の木を駄目にしていったのです」

「何か今聞くと示唆的な話ね。それでどうなったの?」

「専門的な話を端折って言うと、接ぎ木をして、何とか害虫駆除に成功しました」

「良かった。だからこうやってワインが飲めるわけね」

「そういうことです。でも、そのときでもダメージを受けなかった土地がありました。チリとか。音楽の方もそうでした。例えば今流れている…」

「ヴァン・ヘイレン」

「ご明察。あのバンドはエディという天才がギターを弾いている限り、流行りとかそういうのとは関係なくヴァン・ヘイレンでしたから」

「確かに。さて、そろそろ行こうかな。今日(2021年1月8日)からは、もう時間(20時閉店)でしょ」

「お気遣いありがとうございます」

「今度またゆっくり」

「そうですね。まだ話し足りていないですからね」(“ Not Enough ”)




“ BAR TRIBECA ”では、しばらく ~20時までの営業 ~ になります。


お客様におかれましては、ご不便をお掛けしますが、何卒、宜しくお願い申し上げます。

2021.1.13

第13回


ゴッドファーザーのワイン

 〜 元旦の夜の素敵な過ごし方 〜



元旦の夜は「ウィーンフィル/ニューイヤーコンサート」を観ながら、すき焼きを食べるのが我が家の年中行事になっております。

昔から番組をつけて、流してはいたのですが、本格的に観出したのは、御多分にもれず小澤征爾がタクトを振った2002年からだったと思います。

お酒はもう朝から、日本酒だ、ビールだ、と、ちゃんぽんに飲んでいたのですが、改めてシャンパーニュで乾杯。
『 今年もよろしく 』と。


その後はワインを開けて「ゴッドファーザー」を観ます。

「 Ⅰ 」を観るとどうしても「 Ⅱ 」が観たくなり、調子が良いと、そのまま「 Ⅲ 」まで雪崩れ込みます。

「ゴッドファーザー」シリーズが正に映画史に残る傑作中の傑作であることは、論を待たないと思いますが、それ故に観るときは心構えがいる、というか、心身共に好調でないと、なかなかおいそれと観る気になれない。まずそもそも長いですしね。お正月にこそピッタリの映画じゃないでしょうか。


そして、いつも観る度に新しい発見があるような気がしています。

今年の発見は「 Ⅲ 」ですね。正直、これまでずっと「 Ⅲ 」は控え目に申し上げて、「 Ⅰ 」と「 Ⅱ 」より相当落ちると思っていました。でも、こうして何回も観ていると「これはこれで悪くないな」と思うようになりました。


確かに「 Ⅲ 」は不幸な成り立ちの映画でした。

監督であるフランシス・F・コッポラは、当時既に往年の勢いはなく、映画会社の圧力で自分の思い通りに映画を作れなかった、という事情がまずありました。

そして、それまで最高の脇役であったロバート・デュバルが出てくれなかったのが痛かった(「ギャラで揉めた」とコッポラは語っている)。

どうやら、この作品では主役のパチーノとデュバルの対立を中心に描くつもりだったらしく、ストーリーの変更を余儀なくされたようでした。

更に多くの人が指摘するのは、重要な役でコッポラの娘のソフィアがキャスティングされたこと。これが身贔屓だと激しく非難されました。

そもそも、その役はウィノナ・ライダーが演じるはずだったので(病気のため降板)、いささか分が悪い。何しろ、当時のウィノナは「世界中の男子のスイートハート」であり、その美貌の全盛であったので(ちなみに当時の彼氏はジョニー・デップ)、その落胆もまた激しかったから、初めから不利な戦いでもありました。

周りは屈指の美男美女、もしくは、卓越した演技派で固めた同シリーズの中で、そこまでの美女ではないうえに(すいません…)、稚拙な演技では(映画監督としては成功してます)、スクリーンタイムが長い重要な役という事もあって、いやがおうにも悪目立ちしました。

その印象は、30年経った今観ても、さして変わることはなかったのですが、 監督のコッポラと本編のマイケルとを重ね合わせて “ 父親が溺愛する娘 ”という観点から言うと「それはそれでありだな」と、思っているうちに、結構ストーリーに引き込まれていきました(ワインもグングン進んでいきました)。

そして、クライマックスの……、30年前の映画ですが、一応ラストは伏せます。

結局、今年は三本一気に見切ってしまいました。

「ステーキの上にうなぎの蒲焼きを載せてカレーをぶっかけたような…」(黒澤明)これ以上なく、たっぷりと満たされた思いでベットに入りました。




...そういえば、少々ワインが残ってしまいました。

ワインはコッポラのメルローでした。


コッポラのメルロー?


そうです。実は、コッポラ監督は、ワイナリーを持っています。

俳優やミュージシャンで、ワイナリーを持っている人は多いのですが、世界のワイン市場で評価され、意味のある数字を挙げているのは、コッポラだけです。

その理由は、彼の映画を観るとわかります。

「ゴッドファーザー」シリーズだけを取っても、とにかく、しょっちゅう美味しそうな食べ物とワインが出てきます。

そんな人が作るワインが、美味しくないはずはありません。


ただ、元々は、映画の資金調達で始めたのに(映画にお金をかけ過ぎて三度破産している)、ワインビジネスが好調過ぎて、財を築いてしまい、肝腎の映画制作が低調なのは皮肉な話。



そうだ !余ったワインはパスタのソースに使おう。

クレメンザが言うように隠し味に砂糖を入れるのを忘れずに。



BAR TRIBECA と コッポラ監督より 皆様に



「 新年あけましておめでとうございます 」



#今回の画像は、素敵なお客様に描いていただきました。最高のスケッチをありがとうございます! 

2021.1.6

第12回


Like  a  Rolling  Stone 

~  年の瀬に寄せて 〜



「 ゴッド・ファーザー  PART2 」の“ ロバート・デ・ニーロ ”には度肝を抜かれました。

一作目でマーロン・ブランドが演じたマフィアのボスの若い時代を演じているのですが、外見的には全く似ていなく、寄せる気もないようでした。にもかかわらず、その一言目のセリフを発した瞬間、そこにいるのは紛れもなく若きドン・コルレオーネでありました。


思い返せば70年代から80年代にかけてのデ・ニーロは神がかった活躍を見せていました。長年の朋友になるスコセッシとの「タクシー・ドライバー」の衝撃、役作りのため一本の映画内で減量と増量の肉体改造をしてみせた「レイジング・ブル」、ベトナム帰還兵を演じた「ディア・ハンター」も忘れ難く、髪の毛を抜いてまで演じた「アンタッチャブル」のアル・カポネの迫力たるや恐怖以外何ものでもありませんでした。

それ以外にもそれこそ枚挙にいとまがない程に多種多様な役を演じ分け、私見ですが、90年の「レナードの朝」と「グッドフェローズ」(クリームの「サンシャイン・オブ・ラブ」をバックに登場したときの格好良さときたら…)でピークを迎えた感があります。


しかしながら、その後のデ・ニーロは「ヒート」を除くと作品数は多いのですが、印象に残る役が少なくなり、かつての煌めきが消え失せ、もう終わってしまったのかと思わせる程、ファンとしては辛い時代が続きます。


ただ、「世界にひとつのプレイブック」辺りから少しづつ調子を取り戻しつつあったようで、「キング・オブ・コメディ」を下敷きにしたと思われる「 JOKER 」でかつての反対の役を難なくこなし、そして同じ年に長いこと組んでいなかったスコセッシと満を期して挑んだのが「アイリッシュマン」でした。


かつて、映画評論家の淀川長治氏が黒澤明の「七人の侍」の魅力を問われて言下に、「男たちの顔」と答えていましたが、この映画「アイリッシュマン」も正にそうでした。いや、「漢たちの貌」とでも言うべきか。共演が何しろアル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテルと錚々たる「いい顔」の歴々ですから、うっとりと3時間半スクリーンを見つめてしまいました。

そのとき思い出したワインが“ シャトー・ラグランジュ ”です(前置きが長いですね)。


フランス・ボルドー地方メドック地区サン・ジュリアン村のグラン・クリュとして隆盛を極めましたが、ある時期から斜陽になってしまい、最終的に日本のサントリーによって買収されました。あのプライドの高いフランス人が、日本に売るくらいだからどれだけ経営が傾いていたか、わかるというものです。


サントリーは、やはり、創業者の「やってみなはれ」の精神が脈々と息づいているのか、シャトーを立て直すために出資を惜しまず(そのせいで10年間赤字)、設備や畑に改良を加えて、当初少なからずフランスで上がった批判の声を完全に封じ込めるほどワインの品質を驚くほど向上させて、世界で最も有名なワイン評論家ロバート・パーカーの言葉を借りるなら「非常に熟した葡萄を収穫・選別しているおかげで、20年も熟成できるのに、同時に若いうちから魅力のあるワインに仕上げている」と。

個人的には、「 黒い果実と樽の香りに渋味と酸味がバランス良く綺麗にまとまっている」印象。


大事なのは「やり続ける」ということじゃないでしょうか。

10年間赤字でも撤退せずに、役に恵まれずとも出演し続けることでいつか道は開けると信じてやるように。

現在、飲食業界は厳しい状況ですが、そんな想いで

「 BAR TRIBECA 」はこれからもやり続けて行きたい

と考えております。



BAR TRIBECA と ロバート・デ・ニーロ氏より、皆様に 


            「 よいお年を ! 」



(「  You talkin' to me?(俺に言ってるのか?) 」とは言わないでください )

2020.12.29

第11回



A  Christie  for  Christmas !  

  ~ クリスマスにワインを!~


今年( 2020年 )はミステリーの女王“ アガサ・クリスティー ”生誕130周年の年に当たり、映像化・舞台化・テレビ放映化が活発な年でした。
これを機会に代表作である「エルキュール・ポアロ」物を読み返しているのですが、まあこれが面白いの何の。生き生きとした人物描写、巧みなストーリーテリング、そして何よりアッと驚く謎解きが素晴らしく、ページをめくる手ももどかしく夢中になってしまい、もういい大人なのに、二度も電車を乗り過ごしてしまいました。
さすが聖書、シェイクスピアに次いで読まれ、10億冊以上出版されて世界中で読み継がれているだけはあります。
表題の「A Christie for Christmas!(クリスマスにクリスティを!)は、毎年秋に刊行されるクリスティの新作に出版社がつけたキャッチコピーですが、なかなか洒落た文句で良いですね。角川書店の映画と原作を引っかけた「観てから読むか 読んでから観るか」をちょっと思い出しました。

そういえば、ワインには以前悪い例で挙げた、ボジョレー・ヌーヴォーのコピー(第7回参照)を除くと、あまりいわゆるキャッチコピーを聞きませんね。遥か昔に「金曜日はワインを買ってお家に帰ろう」(すいません、フレーズはうろ覚えです)というのがあったくらいです。

『 魚料理には白ワインを、肉料理には赤ワインを、恋にはシャンパーニュを!』と、一大キャンペーンを張ったり、『マムのコルドン・ルージュの脇に「君の瞳に乾杯!」』と添えてみたり、『ドン・ペリニョン53年物に「ジェームズ・ボンド推薦!」』なんてフレーズも良いですね(53年物のドン・ペリニョンが未だ存在するのか甚だ疑問ではございますが…)。
あとはクエンティン・タランティーノが「フォー・ルームス」で言い放った『クリスタル以外のシャンパーニュは子供のシ△×○×だ』というのも……、いや、これは使えないですね。

いずれにせよ、ワイン業界は広報活動が足りないのではないでしょうか?
自戒を込めてもそう思います。
せっかくワインという素晴らしい美酒があるのに世間一般になかなか浸透しないのは実に勿体ないことです。

「ワインを飲むならBAR TRIBECAで!」

と、ちゃっかり宣伝しちゃたりして…。



BAR TRIBECAとエルキュール・ポアロ氏より、皆様に

「メリー・クリスマス、モナミ!」


2020.12.23

第10回



OLD  is  NEW  

~  年を取ることはそれほど悪いことではない  ~



熱烈なシルベスター・スタローンのファンの間でも「ロッキー5」を諸手を挙げて評価する人はそれ程多くはない。
その昔アクション映画好きの4人で見に行って、お通夜のような暗い顔をして帰って来たのを覚えております。
興行成績もシリーズ最低(それでもロッキーファンは多いからそこまで悪い数字ではない)で、内容は酷評された。それまでもちょくちょく失敗作・駄作はあったが、切り札である「ロッキー」シリーズでの失敗は大きく、ここから長い低迷期に入ってしまったかのようだ。安易なストーリー・中途半端なドラマ・浅いキャラクター造型、と、悪いところは幾らでも挙げられますが、最大の失敗はクライマックスでロッキーをリングに上げず、変なストリートファイトをやらせてしまったことだろう。推察するに当時、劇中でのロッキーの年齢設定は四十代後半に差し掛かる頃で(「ロッキー2」で生まれた子供がティーンエージャーになっていたのでそれくらい)、世界ヘビー級のタイトルマッチをするのは現実的ではなかったという判断なのでしょうが…。



しかし後年、現実世界で四十代後半の世界ヘビー級のチャンプが誕生しました。
“ ジョージ・フォアマン ”です。

今回のコラムの副題は彼が戴冠したときの言葉から取っています。

そして明らかにこの出来事に感化されたと思われるスタローンは、次作の「ロッキー・ザ・ファイナル」で、五十代のロッキーを再びリングに上げますが、フォアマンの前例があったのでロッキーが現役の世界王者といい試合をすることに、それほどの違和感は感じませんでした(ちなみにロッキーの相手はフォアマンの相手とそっくりでした)。



更に時代は廻り、お返しのように現実世界で共に五十代の元ヘビー級世界王者同士の対決が先ごろ実現しました。

“ マイク・タイソン VS ロイ・ジョーンズJr ”です。

タイソンについては皆さんよくご承知で、言わずもがな、でしょうが、対戦相手のジョーンズも「パウンド・フォー・パウンド(すべての階級の王者の中で最も評価されている王者)」の称号をほしいままにし、自分が軽い階級であるにも関わらずヘビー級王者に挑戦し、しかも勝ってしまったレジェンド中のレジェンドです。

そんな二人が引退した五十代とはいえ相対するわけですからボクシングファンのみならず世界中の注目を集めました。もちろん全盛期の戦いぶりは望むべくもないのですが、特にタイソンはグットシェイプに仕上げてきて、かつての片鱗を見せつけて、十分堪能させてもらいました。



人はとかく若い頃が一番だと考えがちですが、本当にそうでしょうか?

以前この欄で触れたショーン・コネリーの六十代はボンド時代とはまた違った「味」を持って魅力的でした。

五十四歳のタイソンのミット打ち映像は世界に衝撃を与えたではないか。

スタローンだって六十代でなおアクション映画の「エクスペンダブルズ」をシリーズ化させる程ヒットさせ、受賞こそならなかったものの「クリード」でオスカーにノミネートされた。



ワインの世界ではどうでしょう。

実はワインを造る葡萄の木は古いほどいいのです。

若い木は枝も葉も実も沢山生い茂ってしまい養分が分散してしまいます。

翻って古木はどうしたって数の上では少ない実しか生りません。
でもそれがいいんです。

それだけ少ない実に養分が行き渡るからです。


そういった古木のことを “ Vieilles  Vignes(ヴィエイユ・ヴィーニュ)”といいます。

そんな古木から採れたソーヴィニヨンブランのワインである『 カンシー 』は、その果実味と濃縮感がとにかくすごいです。

それでいて変に甘ったるくないのは、土壌が石灰質でミネラル感があるからです。



今まで様々なタイプの店で『 カンシー 』を抜栓してきましたが、一度としてお客様の期待を裏切ったことはございません。


年を取るのは悪いことばかりではないようです。


ワインの世界もボクシングの世界も現実の世界でも。




BAR TRIBECAでは、ボトルでの場合は初めはよく冷やして、そして徐々に設定温度を上げて味わいを拡げます。

グラスの場合はお客様のお好みを相談して決めていきましょう。


DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.12.18

第9回


テイスティング & デキャンタージュ 

〜 Here´s to my love! ~ 



[ 前回のあらすじ ]

初デートで無事ワインのオーダーテイクを済ませた噺家さん。

やれやれと落ち着いたのも束の間。

更なる試練が待ち受けていたのでした。




「テイスティングとデキャンタージュですね」

「あれはやらなければ駄目? ちょっと注がれて匂いを嗅いで口の中でクチュクチュやって、どうこう感想言うやつ」

「師匠。なかなかわかっているじゃないですか」

「合ってんの、これで」

「ほとんど合ってます」

「ほとんどってことは間違っていることもあるってことだね」

「さすがは噺家。言葉のプロ。細かいニュアンスに敏感でいらっしゃる」

「そんなおだてたって一万円しか出ませんよ」

「ください!」

「君と漫才やっている場合じゃないんだよ。今後のために教えてよ」

「一万円になります」

「高い!」

「嘘です。まず先程、師匠が言った行程自体はすべて正しいです。香りをチェックして、味わいを確かめて、了承する。これでいいんです。換言すればこれだけでいいんです。最後のどうのこうの感想は言う必要はありません。 ワインの状態が適切ならば『結構です』と言えばいいんです」

「適切かどうかなんてわからないよ」

「大丈夫です。不適切なときはもう一発でわかります。美味いとか不味いとかのレベルを超えてますから」

「これが本当の『不適切な関係』」

「………続けていいですか」

「お願いします」

「ワインは気温の変化による劣化が起こりやすい飲み物です。だから保存には大変気を使います。そもそも国内に入るとき、それが船便なのか空輸なのか、キチンとした温度管理ができているのか、が重要になります。問屋でもそうですし、お店でもそうです。特に日本は高温多湿ですから、真夏なんかそのまま放りだしていたら『ハイそれま~でぇ~よ~』です」

「マスターも古いね」

「失言でした。それはそうと…、劣化のもう一つの原因はワインのコルク。あれは樫の木ですけど、これが腐ってしまったらどうしょうもない。これをブショネと言います」

「また一つお利口さんになりました」

「もう少しだけいいですか。たぶんテイスティングってテイストからきているから味見って訳すと思うんですけど、元々コレ毒見ですから」

「ワインって毒が入っているの?」

「いえ毒見って言うと言葉が強すぎるかな。言ってみれば『目黒の秋刀魚』で殿様が食べる前に確認しますよね、あんな感じです」

「マスターは落語も詳しいの?」

「まあ好きですよ」

「テイスティングはだいたいわかった。あともう一つあるじゃない」

「デキャンタージュですね。ああそれは…」



私もよく知らなかったんですけど、デキャンタっていう理科の実験で使うフラスコの大きいやつみたいのに、ワインを一度入れて空気に触れることによってワインがいわゆる「開く」そうなんでございます。

相変わらず言ってて意味はよくわかっていないんですが、飲むとわかる。

素人了見ですけど、確実に旨くなっているのがわかる。
大したもんだなって思いますよ。

それで調子に乗ってガブガブ飲んでたらメインが来る前に飲み終わっちゃってねえ。

まあ向こうもご商売ですから致し方がないといえば致し方がないのですが、お陰でもう一本頼む羽目になっちまいました。
それからずっと私は納豆ライスの日々ですよ。

まあその程度だったらどうってことないんですけど…

落語の中にも酒を飲みすぎたとか何とかでしくじるというお話はいくつもあって…



高座で師匠は羽織を脱ぎ、声の調子も一段上げてきた。

マクラは終わり演目に入るようだ。「酒でしくじった話」か。「親子酒」か「らくだ」か。

いや、あれはしくじってはいないか。となるとあるいは十二月だしマクラの最初の方でも触れていたから…


「お前さん、起きておくれよ」





BAR TRIBECA ではボトル注文の際はテイスティングをしていただきます。


難しく考える必要はございません。
状態に問題がなければ「結構です」と言っていただければ結構です。



DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.12.11

第8回


赤か、白か。それが問題だ

 〜 To be, or not to be, that is the question 〜


え〜、ソーシャルディスタンスを取りつつではございますが、一杯のお運び誠にありがとうございます。
最近つらつららと思うんですが、そういえば落語ブームってどうなったんでしょうね。
ひと頃ドラマやら映画で落語を題材とされたり、やたらブームだ、ブームだともてはやされたりしましたが、今では「下火」って訳ではないんですが、随分落ち着いてしまった感がございまして高座の末席を汚す身分の者としても残念至極。
これは岡目八目な印象論なんですけどワイン業界も状況が似たり寄ったりじゃないでしょうか。
例えばポリフェノールって言うんですか、言ってるだけで何の事だか私もわかってないんですけど…。
赤ワインにはこのポリフェノールってのが多く含まれていて身体に良いなんて言われたり、「私の血はワインでできている」方が現れた時なんかちょっとしたブームにはなるんですが、暫く経つと元の木阿弥というか、ハイボールみたいに完全に市民権を得たとは言い難いのでは。
かく言う私もワインは全然でございまして「シャブリ」ってそれが商品名なのか、人の名前なのか、地名なのか、とんと見当もつかない有様なんですが、たまさか代官山に用事があって、とあるワインバーにお邪魔しましたことがございました。
そこのカウンターでの若い男女の「初デートでファミレスは有りか無しか」の話を聞くともなく聞いていると、結論としてはしては初デートは少し頑張った方がいい。ワインがよくわからなければシャンパンをボトルで頼めば良いと話がまとまりました。
これはいい話を聞いた!と、早速かねてから意中だった女性を誘ってみましたよ。
ちょっと頑張って人気店を予約して。何でもその店は予約を取るのが難しく、料理はお任せのコース一種類のみと強気な設定。噺家で「私の噺は芝浜だけです」なんて宣言したら年末しか高座に呼ばれなくなっちゃいますね。
えっ、どうして私がそんな店の予約が取れたかって?
 いや、なぁ〜にちょっと弟弟子を脅かして自分がデートで使うつもりだった店の…、ひどい兄弟子があったもんで。まあ私の事なんですけどね。
それはさておき行きましたよ、喜び勇んでその人気店に麗しの女性と。
席に案内されて昔のカラオケの教本みたいな分厚いワインリストを渡されます。
以前の私ならその時点で埴輪になって固まってしまうところでしたが、その日は余裕です。
「今日はシャンパンでいいかな?」と作った渋い声で尋ねると
「私、炭酸系苦手なの」と来た。
「じゃあワインにしようか」と言いながら心の中では「Nooooooooooooo」ですよ。
今更のリサーチ不足を嘆いている場合ではない。すぐにリカバリーに努めましたよ。
ただシャンパン一本のつもりの予算だったので赤も白もってわけにはいかない。
ここは一本に絞るしかない。そこで彼女に
「赤と白どっちが好き?」と訊いてみると
「料理に合うのならどっちでも」と更にハードルを上げてきます。
もちろん叫びましたよ、心の中で「Nooooooooooo」って。さっきよりブレスが短いのはそんなことをしている場合ではないからです。
ソムリエっていうんですか?あの葡萄のバッチをつけた彼が満面の笑みで「如何いたしますか」ってにじり寄って来る。
彼女はじっとこっちを見つめている。ワインリストを見てもサッパリわからない。気ばっかり焦って嫌な汗を出てくる。
ええぃ、ままよ! 赤か白か、一か八か、のるかそるかだ!



「それでどうしたんですか?」
「彼女と付き合う事になったよ」
「そんなことはどうでも…、あっ、いや、おめでとうございます。それでワインはどうなさったんですか?」
「ああ、何だっけアレ、ラベルにハートのマークが描いてある…」
「シャトー・カロン・セギュール」
「ああそれだ。知っている?」
「ええ。ウチにも置いてありますよ。なるほど良いチョイスですね。ワインの選択肢が一本の場合、メインに照準を合わせるのはアリだと思います。それに何しろあのマークですからね。初デートにこれほど相応しいワインもないですから。いやぁ、お見それいたしました。それにしてもカロン・セギュールなんてよく知っていましたね」
「知らないよ、知るわけない、こちとらシャンブリが何だかだってわかっていないお兄いさんだよ」
「じゃあどうして?」
「その店の料理はお任せコース一種類って言ったろ」
「ええ、伺いました」
「だからさ周りを見渡したらハートのマークが見えてさぁ…」
「ブラヴォー」


BAR TRIBECA では“ シャトー・カロン・セギュール ”をご用意しております。


初デートでもお祝いでもそうでなくても恋する二人の為に開けられるのを待っています。


DAMN GOOD WINE !


[ 次回予告 ]
初デートでカロン・セギュールというナイスなチョイスをした噺家さん。
「まあそこまでは良かったんだけどさ」と何故かちょっと浮かない顔。
一体何があったのでしょうか?

2020.12.5

第7回


 今、改めて考えるボジョレー・ヌーヴォー問題

“ That which we call a rose by any other name would smell as sweet ”


以前、接客した某有名スポーツ選手のお連れの女性が
「私、ロマネ・コンティを飲んでみた〜い」
というに対し、それまでは割とおちゃらけた態度で応対していたのですが、急に真面目なトーンで
「ロマネ・コンティとかオーパス・ワンとか確かに良いワインなんだろうけど、所詮は名前で飲んでいるだろ。 希少価値っていうか、味そのものじゃなくて付加価値的なものを有り難がって。 例えば今飲んでいるこのワイン。これはロマネ・コンティじゃない。でも美味しい。だったらそれで良いんだよ」
と諭すように語ると「でしょ?」と振られて思わず大きく頷いてしまいました。
さすが世界を制した男は言うことが違うなって思いました。

この話を思い出したのは今年のボジョレー・ヌーヴォーを飲んだ時でした。

今の若い方はご存じないかもしれませんが、80年代は日本が日付変更線の関係で“世界で一番早くに飲める”ということで一大ブームでした。
空港近くのホテルで到着したばかりのヌーヴォーを開ける催し物があったくらいです。
その後もブームは続き、飲食店で取り扱い、試飲のイベントがあったり、スーパー、はたまたコンビニの店頭なんかでも売られてすっかり11月の風物詩になった感さえありました。

ただ近年では一応解禁日から販売はあるものの、実にひっそりとした印象です。
その理由は主に三点あるように思われます。

まず価格が案外高いこと。
これは解禁日に合わせるという性質上、空輸便になるのでどうしても価格に上乗せされてしまうため。
次に過剰なキャッチコピー。
03年に「100年に一度の出来」というフレーズがウケて(確かにその年のヌーボは傑出していた記憶があります)、その後表現のインフレを起こしてどんどん大袈裟になっていった(「ボジョレー史上最高」「今世紀で最高」)。
そしてこれが一番大きいのですが、価格が高い割に、過大な表現の割に、そこまで美味しくないと思ってしまった人が多かったという事。

それで徐々にボージョレー・ヌーヴォーそのものの評価を下げてしまった。
その反証も弱くて「味そのものより五穀豊穣のお祝いとして楽しめばいい」と、どこか腰の引けた表現が目立ちます。

価格やキャッチコピーはともかく本当に美味しくないのでしょうか?
実際に今年の“ヴィラージュ”を飲んでみたのですが、はっきりと美味しかったです。
BAR TRIBECA でもお祝いの振る舞い酒としてお出ししたのですが、皆様「あれっ、結構美味しいね」と、結構好評でした。

要するにボジョレー・ヌーヴォーはそこまで美味しくないという先入観ありきだったような気がします。
もしロマネ・コンティとボジョレー・ヌーヴォーをブラインドでテイスティングしたら案外飲みやすくてフルーティなヌーヴォーを美味しいと感じる人は多いのではないかと推察します(ロマネ・コンティを美味しいと感じるにはある程度ワインに飲み慣れていないと意外と飲みづらい。そして我が国においてはワインに飲み慣れている人は多くない)。

今一度、先入観を取っ払って純粋にボジョレー・ヌーヴォーを楽しんでみませんか?
(ヴィラージュがお勧めです)

BAR TRIBECA では二種類のヌーヴォーを御用意しておりましたが、お客様と飲み切ってしまいました。
ただプルーンをヌーヴォーに漬けたおつまみを作りましたので「残り香」は楽しめます。


DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.11.30

第6回(後半)

泡で踊る

〜 Here's looking at you, kid 〜



「シャンパーニュとは要は泡の立つワインのことなのです」

「シャンパンってシャンパンっていう飲み物かと思ってた」
「そう思われている方は多いです。細かい製法の詳細は省きますが、簡単に言ったらまず、ワインを造ってからそれをブレンドして(アッサンブラージュといいます)、瓶詰めをして、瓶内二次発酵をすることによって(一次発酵はワインを造る際に木樽で」、炭酸ガスを発生させます。それがいわゆる泡ですね。この熟成には二年くらい掛かります。最後に発酵で生まれた澱を取り除いてリキュールを足して完成です」

「随分、手間暇掛かっているんだね」
「そうですね。普通にワインを作ってから更に工程がいくつもありますからね。ちなみにシャンパーニュはフランスのシャンパーニュ地方の地名で、ここで収穫した葡萄を使用しなければシャンパーニュと名乗れません。コニャックやアルマニャックと一緒ですね」
「コニャックも地名なの?」
「フランス南西部のコニャック地方で造られるブランデーをコニャックと。ボルドーのアルマニャック地方で造られるのをアルマニャックと言います」
「スコットランドのウイスキーをスコッチと言うのと同じかな」
「正しく」
「コニャックってコニャックっていう…」
「言うと思った!」と女性が突っ込んでくれて助かりました。

「更に申せばシャンパーニュは悪酔い・二日酔いをしません。赤ワインを飲むと調子が悪くなる人ってよくいらしゃいますけど…」
「私がそうだ。白は大丈夫なんだけど赤だと駄目」
「赤ワインは黒葡萄の果皮と種も一緒に発酵させるのですが(だから赤ワインは赤い)、ここにヒスタミンというのが含まれていて、これがその原因となります。シャンパーニュは果汁だけなのでヒスタミンの含有量が著しく低いからそういった心配はありません」
「いいこと尽くめのようだね」
「はい。実際にそうだと思います。複数のワインを料理に合わせて頼むよりリーズナブルですし面倒がない。おまけに二日酔いや悪酔いはないし、何よりテーブルが華やかになります。そしてシャンパーニュの言葉にこんなのがあります。『飲んでも女性を美しく見せるのはシャンパーニュだけ』(ルイ15世の愛妾ポンパドール夫人)」

「よし。次の初デートはシャンパンにしよう」
「それで上手くいかなかったら自分のせいね」
「…………」
「そのときはBAR TRIBECA でシャンパーニュを飲むと良いです」
「またシャンパンを飲むの?」
「ええ。シャンパーニュは『戦いに勝ったときは飲む価値があり、負けたときには飲む必要がある』(ナポレオン)と申しますので」


BAR TRIBECA のハウスシャンパーニュは“ ペリエ・ジュエ ”です。

戦いに勝ったときも負けたときもどうぞ。




DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.11.23

第6回(前半)

泡に溺れて

 〜 with fish you have white wine, with gypsies, champagne. Right? 〜


ある夜のBAR TRIBECA にてどういう話の流れからか“ 初デートでファミレスはアリかナシか ”問題から派生して、レストランにおける初デートのワインのオーダーについての議論が交わされました。

「別にファミレスが悪い訳じゃない。私もよく行くし。でも初デートがファミレスだったら、その人とは、ああ友達ねって思っちゃう」と女性。

それに対して男性が「いや、フレンチだろうがイタリアンだろうがお洒落な店に行ったっていいよ。だけどワインリスト渡されるだろ。アレ、結構プレッシャーなんだよね。そんなの渡されたってこっちは全然わからないし…」

「魚料理に白ワインで肉料理に赤ワインなんでしょ、でも二人で二本飲めないよ」と別の男性。

一同の視線が何となくこちらに集まる。
どうも何か言わなければならない展開のようです。
「その店のハウスシャンパーニュをボトルで頼むと良いです」と答えました。
「ボトルでシャンパン? でもお高いんでしょ」と通販番組みたいな返し。
「いえ、ハウスシャンパーニュはグラスでも出しているのでそこまで高単価な物は使用していない筈です。だからコースの途中でボトルを空けてしまったらそのままグラスで対応してもらえるし、もしその味に飽きたらメインの肉料理だけグラスの赤を頼めばいいです」
「なるほど。便利ね」
「ええ。そしてシャンパーニュをボトルで頼む最大の利点は料理との相性にあまり神経質にならなくてもいいという点です。例えば前菜でスモークサーモン、フォアグラのポアレを挟んで舌平目のムニエルと続き、メインに牛フィレ肉のステーキというコースがあったとします。これを一本のワインで通すのは明確に合う合わないがあるので無理があります。サーモンと舌平目には白ワインでしょうが選ぶべきタイプは異なりますし、間のフォアグラが厄介です。もちろんそれぞれの料理にワインを合わせる事は可能ですが案外手間です」

「そもそもそれが出来れば苦労しない」
「ですよね。そこでシャンパーニュの出番です」
「それはシャンパンは何でも合うって事ですか?」
「その通りです。正確にいうと少なくとも相性が合わないという事はないという事です。ワインでそれぞれ合わせるのだってその店にソムリエがいれば相談すればいいのですが初デートですからね。なるべくならスマートに振る舞って女性との会話に集中すべきです」
「一つ訊いていいですか」
「いくつでもどうぞ」
「ビールって結構何でも合うと思うんだけど…」
「確かに。ただビールは基本はリフレッシュメントなので何にでも合うというよりは…」
「何にも合っていない」
「ご明察。ただシャンパーニュはビールと違って基本はワインですから」
「え!? シャンパンってワインなの?」

「そうです。実は…」

夜も更けてきたので続きは次回へ。

DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。



2020.11.16

第5回

 『007』は二度生きる  〜 追悼 ショーン・コネリー ~


ショーン・コネリーの人生を二つに分けるのは比較的に容易です。

「ジェームズ・ボンド時代」と「格好いいジジイ時代」( 褒めてます )です。


今でこそ歴代6人の中でも最高のボンドと評される事が多いですが、第一作目製作時はそうではありませんでした。
映画会社は正統的な二枚目のスターであるケーリー・グランドを希望し、原作者のイアン・フレミングは貴族的な顔立ちのデヴィッド・ニーブンを念頭において書いていたと伝えられています。


ただこの二人になくてショーン・コネリーにあったのは、本格アクションができる強靭な肉体と殺人許可証を持つスパイ(そんなものは実際にはありません)の非情さでした。


結果、彼が選ばれ、スーツの着こなしから立ち振る舞い・歩き方・話し方・食べ方・グラスの持ち方まで厳しく指導され、一作目の撮影に臨みました(この辺の経緯は映画「キングスマン」でもオマージュされています)。


その甲斐あってか、ボンド初登場のシーンでタキシードをビシッと決めて例の名台詞「ボンド、ジェームズ・ボンド」を放った瞬間、誰もが心を鷲掴みされる程のインパクトを与えたのでした。映画シリーズも世界的に大ヒットを記録。


しかしながらこれは諸刃の剣でした。

あまりにもジェームズ・ボンドの印象が強すぎて、所謂“ 何をやってもジェームズ・ボンドに見える ”時代が長く続いてしまいました。


こういった事例は洋の東西を問わず数多くあります。

昔、シャーロック・ホームズを演じた役者は(「初歩的な事だよ、ワトソン君」を流行らせた俳優)はあまりに自分とホームズを同一視する人が多く、嫌気がさして降板。
渥美清は生涯「寅さん」から逃れることができませんでしたし、スーパーマンを演じた役者達にも同じことが言えます(スーパーマンの呪い)。


そんななかショーン・コネリーはボンドのイメージを払拭すべく様々な映画に取り組みました。
巨匠ヒッチコックと組んでみたり、珍妙なSF映画「未来惑星ザルドス」に出てみたり、主役ではなくアンサンブルキャストに甘んじたりもしながら捲土重来を窺っていました。


ここで終わってしまう人は多い。
しかし彼は諦めなかった。
そして遂に「アンタッチャブル」でアカデミー助演男優賞を受賞。

その後は不遇の時代がまるで嘘だったかのように快進撃が続きます。


「インディ・ジョーンズ」での主役のハリソン・フォードを霞ませる程の存在感、「レッドオクトーバーを追え!」での重厚な演技。そして「ザ・ロック」の幽閉されていた囚人役のショーン・コネリーが綺麗に身支度を整えて振り返った瞬間の格好良さたるやボンド初登場とはまた違った円熟味で世界を魅了したのでした。


ショーン・コネリーが亡くなって、改めて彼のフィルモグラフィーを眺めていると面白いことに気がつきました。
「ジェームズ・ボンド時代」と「格好いいジジイ時代」(だから褒めてますってば!)、それぞれ豪華列車で有名なオリエント急行に乗車する映画に出演しています(「007/ロシアより愛をこめて」と「オリエント急行殺人事件」)。

当然車内の様子がかなり似通っているので同じ役者が違う人物として乗っているのを観ると不思議な感覚に捉われます。


これぞ『007』は二度生きる、ではないでしょうか。


ちなみにどちらの映画でも飲んでいるのはシャンパーニュでした。


献 杯 !


BAR TRIBECA ではジェームズ・ボンドに倣ってシャンパーニュは3.5℃以下。


なおビートルズが流れても耳栓の御用意はございません。



DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.11.7

第4回

生かすも殺すも… 〜サイドウェイとN・P〜


ワインを扱った映画で最も有名なのはカリフォルニアのナパを舞台にした中年の男女四人組の悲喜こもごもの人間ドラマ「サイドウェイ」でしょう。
その中でワイン通の主人公があるショックな出来事があって、とっておきのワインを紙コップで飲んでしまうシーンがあります。

そして吉本ばなな(現よしもとばなな)の「N・P」の中でもやはり友達になりかけの女子二人が野外で紙コップで赤ワインを飲んでいるという描写があります。

初めてのドン・ペリニョンを紙コップで飲んでしまった身としては(おかげでドン・ペリニョンは大して美味しくないという誤った認識をその後十年近く持つことに…)、双方の演出意図は理解しつつも(前者は主人公が感じるショックの度合いがわかりますし、後者も女子二人の気のおけない親密感が十分に感じられます)、野暮を承知で言わせていただくと、どうしても「哀しい気持ち」になってしまいます。

グラスがワインに及ぼす影響は殊の外大きい。


あまり値段のことは言いたくないのですが、安いグラスは総じて駄目です。
飲み口が厚くて口に当てた時にガラスの印象のが強く残ってしまいます。
欲を言えば洗う時にビクビクしてしまうくらい薄くて繊細な物が良いでしょう。

更に重要なのはグラスの大きさと形状です。白ワイングラスは冷たいうちに飲み切れて端正な清涼感を味わえるよう小ぶりなサイズを、赤ワイングラスはワインが開きやすくこなれたタンニンや香りを堪能できるよう大ぶりなグラスを選びます。

そして
ワイングラスというものはワインによって口の中に入れた際に舌の触れてほしい位置に触れるように設計されています
(人間の舌は甘い・辛い・酸っぱい・苦いを感じる場所がそれぞれ異なっている)

ですから、何でもかんでも一緒くたに同じグラスで飲むのはそのワインのポテンシャルを十分に味わったとは言えません。大事なことはそのワインの特性を理解し、
適切なグラスでワインを楽しむことです。

とりあえず紙コップで飲むのは控えた方がいいでしょう...


BAR TRIBECA では信頼のブランドであるリーデルのグラスを使用しております。

時にワインの特性に合わせて“教科書通りでない組み合わせ”でもお楽しみ頂けます。



DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.11.2

第3回

白い奇蹟  〜 25年後に会いましょう 〜


90年代初頭に一世を風靡した米のTVドラマ「ツイン・ピークス」。
2017年に新作となる続編のシリーズが放送されたのには心底驚きました。確かに劇中には「25年後に会いましょう」という台詞はありますが、まさか本当に25年後に新作が見られるなんて『長生きはするものだ』と思ってしまいました。


その25年で思い出したのが ある一本のワイン。


その日お見えになったお客様は“ワイン好き”というレベルを遥かに超えていました。
お話を伺ってみると自宅にワインを2000本所有(かなり大きいワインセラーでも200本入るのはそうはない。となるとセラーではなくかなり広いワイン部屋が必要)しており、「もう美味いワインなんて飲み尽くしたよ」とおっしゃっていました。
率直に言って途方に暮れました。そのようなお客様に何をお勧めすればいいのか…
こうなったら気に入る入らないは別として「“あの”ワインだったら面白いかもしれない」と、思っていると……単なる偶然か、ワインの神様の粋な計らいなのか、丁度そのお客様も“あの”ワインに目が止まったようです。
「カリフォルニアのシャルドネで95年?」
「造り手の方針のようです。世の中の偉大なワインが本来の素晴らしさが出立する前に飲まれてしまう現状を憂いて“自分のワインは”と、湿度と温度がコントロールされた地下セラーで十年以上熟成させてからリリースされているようです」
ただ、これは言うは易しですが、まずもって長い熟成に耐えうる高品質でなければただの劣化になってしまいます。
そしてこのワインは“白ワイン”なのです。
前回も少し触れましたが白ワインの熟成は赤ワイン程長くはないのです。かなりの高級品でも10年を過ぎたら厳しい。ましてや25年なんて…。
-美味いワインを飲み尽くした-そのお客様もその長さに興味を惹かれたようですが、その危険性も重々ご承知で「駄目だったら言うから」と6:4くらいで不安を感じていたようです。

結論から申し上げるとお客様の不安は杞憂に終わりました。
長い時間の熟成がもたらした穏やかな酸とまろやかな口当たり、そして蜂蜜をかけた花梨とナッティな風味を合わせたような複雑な風味と味わいがきわめて神秘的で気品すら感じられます。
そのお客様も大変お気に召したご様子で
「25年でしょ!? 絶対に枯れていると思っていたんだけどな…」
と、笑いながらグラスを干し、呟くようにこう言いました。

『長生きはするものだ』


BAR TRIBECA が自信を持ってお勧めするこの一本。
それはカリンセラーズ・シャルドネ・95年です。


DAMN GOOD WINE !

皆様のご来店お待ちしております。

2020.10.26

第2回

世紀の対決! 〜 歴史の流れを変えた夜 〜


時は1976年、舞台はパリ。その事件は起こりました。

伝説の「パリスの審判(Judgement of Paris)」です。

“ワインと言えばフランス”と多くの人はそう考えるでしょう。ブルゴーニュにはロマネ・コンティやモンラッシュがあり、ボルドーには五大シャトーがある。名実共に世界一であると。

しかしながらこの見立ては必ずしも正しいとは限りません。

偉大なワインを生む偉大な土地は何もフランスとは限らないことをはからずとも証明してしてしまったのは、当のフランス人たちでした。

あるイギリス人が企画して、審査員はワインに関してはいずれも一家言あるフランス人達による、パリで行われたカリフォルニアワインとフランスワインのブラインド・テイスティング会で、何と白赤共にカリフォルニアが圧勝してしまいました。

世界にカリフォルニアワインの質の高さを世界に知らしめた瞬間でした。

一方、「太陽が西から昇ることはあっても…」まさかカリフォルニアワインなぞに負けるとは夢にも思っていなかったフランスは余程悔しかったとみえて(当時この「事件」はフランス国内では一切報道されませんでした)、「フランスワインは熟成してこそ」と同じワイン・同じヴィンテージで十年後に「再戦」を挑んだが、返り討ちに遭ってしまいました(白ワインは飲み頃を過ぎてしまったので赤ワインのみ)。すると今度は「熟成期間が短かった」と三十年後に再々戦をしたものも結果はやはり…。

もはや事件でも何でもなくなってしまった。

以降、カリフォルニアではワインを取り巻く環境が激変しました。
まず世界がカリフォルニアという土地に注目して、多くのヨーロッパ人が彼の地にワイナリーを造ったり、名門ロートシルト家がロバート・モンダヴィとの合弁事業としてかの有名な「オーパス・ワン」を立ち上げたり、フランスの名だたるワイナリーの造り手達が積極的に「ワイン造り」を学びに来たり、と、76年当時とは隔世の感があります。

あれから44年が経過しました。
今、新たに新たなワインで、例えばカリフォルニアの少数生産で入手が困難なカルトワインと世紀の当たり年と言われた2005年のボルドーワインとで開催してみたら…。
そんな想いを馳せながらグラスを傾けるのもワイン愛好家の密やかな楽しみの一つです。


DAMN GOOD WINE !


BAR TRIBECA では産地や名前にこだわらず美味しいワインを用意しています。
グラスにてお気軽に飲み比べもできます。

皆様のご来店お待ちしております。

2020.10.21

第1回 

映画『007』   ~ 私が愛したワイン~ 


最新作の公開が来年まで延期されたご存知『007』とワインについてのお話。

主人公ジェームズ・ボンドが他のアクションヒーローと一線を画しているのは、例のマティーニが有名ですが、食や飲み物に造詣が深いソフィスティケートされた人物として描かれている点ではないでしょうか。

シャンパーニュのボトルを振り上げたボンドに対し「それは55年物のドン・ペリニョンだ」と注意する悪党に「個人的には53年物の方が好みだね」と粋な切り返し。

別の作品ではソムリエに扮した殺人者の匂いの強いアフターシェイブでボンドは初めから違和感を抱きます。そうとも知らずに殺人者は意気揚々と「55年のシャトー・ムートンです」とワインを紹介しますが、すかさずボンドは殺人者に「ワインは最高だ。しかしこの料理にはクラレットが合う」と言います。

するとインチキソムリエは大袈裟に「残念ながらクラレットはございません」と謝ると間髪入れず「シャトー・ムートンはクラレットだ」と見事に相手の正体を見破ってみせました(クラレットとはボルドー地方の赤ワインの総称でムートンもこれに入ります)。


上記のエピソードはいずれも初代のショーン・コネリー時代のもので現在の六代目ダニエル・クレイグも確かにシャンパーニュやワインを飲むシーンはありますが、ただそれだけに終わってしまっているので“ 個人的にはショーン・コネリー物の方が好みだね ”です。

さてダニエル最後のボンドと噂されている新作では果たしてどうでしょうか。

そんな所に着目して観るのも007の楽しみの一つですね。


DAMN GOOD WINE !

BAR TRIBECA にはクラレットのご用意がございます。

デキャンタージュして最適な状態にしてお楽しみいただきます。

皆様のご来店お待ちしております。

※追記(2020.10.31)
10月31日、初代ジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーさんがお亡くなりになりました。哀悼の意を表するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。

2020.10.16